自力本願の癒し 第2章: 厳しい現実により癒しは編み出され

【連載】自力本願の癒し - 暮らしに寄り添うカザマ -
- 【第1回】 自力本願の癒し 序章: 思い出のホースロッキング
- 【第2回】 自力本願の癒し 第1章: ラタン占い
- 【第3回】 自力本願の癒し 第2章: 厳しい現実により癒しは編み出され ←今回はココ
- 【第4回】 自力本願の癒し 第3章: 夢は現実の中に
- 【第5回】 自力本願の癒し 終章: 再会
第2章: 厳しい現実により癒しは編み出され
「ラタンは、籐のことだよ」
と、たくみお兄ちゃんは言う。
仕事の修羅場が終わったとのことで、半月ぶりに家に帰ってきた。げっそり痩せた顔を見ると、フリーのライターがいかに大変か偲ばれた。
お兄ちゃんには昔から何でも相談するわたしである。
渡辺君が変な店を開いていて、そこで変な占いを受けて、その翌日、うちにすごく品質の良さそうな籐家具が届いてしまったことを、包み隠さず打ち明けた。
最初、お兄ちゃんはふんふんと面白そうに聞いていたが、やがて真面目な顔になり、「ほーう」と言った。お兄ちゃんには、この奇妙奇天烈な出来事が読み解けたのかもしれない。
ラタンは、籐。
つまり、ラタン占いは、籐占いということ。
籐家具を送ってきたということは、その占いは、客が必要としている家具を当てるものなのだろう。
「まあつまり、ゆめにはハンギングチェアとホースロッキングが必要だったってことなんだろうな」
お兄ちゃんは他人事のように言った。それからしばらくの沈黙の後、「ぶー」と、噴出した。笑いをこらえ切れなくなったらしい。わたしは憮然とする。
「渡辺君かわりもんだよ。頭が良かったからいい大学にいったけど、在学中は中国やらインドやらネパールやら、アジアを色々と旅したんだって。卒論もアジアの文化についてだったんだって。そう言ってたわ」
わたしは言った。
お兄ちゃんはげらげら笑い転げながら「で、アジアを旅しているうちに、奇妙な占いを身に着けたのかよ」と言った。わたしは頷いた。渡辺君の語ったことをうのみにするならば、まさしくその通りだった。
「インドネシアで、ラタンという素材のすばらしさを感じたんだとさ。自然界の力と人間の文化の融合を見て、すごく感激したって」
うん、まあわかる。籐ってそういう素材だからなあ。お兄ちゃんはやっと笑いを止めて、頷いた。

「まあでも、当たってるんじゃない。ゆめとホースロッキングは切っても切れない縁がある」
おじいちゃんの肩身のホースロッキングのことを、わたしは思い出した。確かにあの馬は、わたしの中に刻み込まれている。とても大事なものだーーまあ、短大に行ったあたりから、どこかにしまいこまれて行方が分からなくなったのだけど。
わたしは、未だにホースロッキングを探し求めていた。
失ってしまったホースロッキングが、恋しいのだった。
「ハンギングチェアはどう読み解くの」
「そらおまえ、ゆらゆら揺れて癒されろ、ということだろう」
なんだそれは。
というか、この占いは一体、誰にとって得になるんだろう。
一週間の期間が過ぎれば、「癒し堂わたなべ」から宅配サービスがやってきて、貸し出した籐家具を梱包して運んで行ってしまうそうな。
あの店はそんなことで、採算が取れているんだろうか。
「なあ、その籐家具、見ていいか」
お兄ちゃんはそう言った。
わたしはお兄ちゃんを自室に招き入れ、そこにある二つの「占い結果」を見せた。
ホースロッキングは部屋の真ん中で「さあ、御乗り」とでも言いたげに佇んでいる。ハンギングチェアも「ここで休んでいきな」と囁いているかのようだ。
「うおお、すげえ。この籐家具、カザマだわ」
お兄ちゃんは籐家具を触りながら言った。
「カザマって、あの、昔あったホースロッキングと同じメーカーの」
「そうそう。懐かしいなー」
ホースロッキングは子供用なので、今のわたしがまたがるわけにはいかなかった。
ハンギングチェアの方は、届いてからもう何度も座っている。あまりにも居心地がよく、すうっと寝てしまったこともある。
籐には、癒しがある。

「癒されるよ、これ。わたし、今から路線変更して、こういう癒しの家具を作る人になろうかな」
わたしは言った。
お兄ちゃんはすっと真顔になり、少し強い口調で「ほらー、そういう考え方」と、言った。
おまえ、籐家具職人の仕事がどんなもんか、ちっとも知らないだろう。
籐は癒しを持つとは思う。居心地の良い世界を作り出してくれる優れた素材だ。
だが、その素材を使って癒しの家具を作る職人は、1ミリのずれも許せない位の凄まじい仕事をしている。
神経がぴいんと張り詰め、目は鋭く籐を見つめる。まるで、毎回、籐と勝負しているかのように。
「特にこの、カザマの技術は凄い。歴史も古いが、職人の技術は他の追随を許さないくらいだ」
籐家具は使っているうちにずれが生じる。
カザマは、使用される籐家具の十年後、二十年後を想定しながら、精密に製品を作る。
一部の狂いも許されない。
「癒しどころか、超現実的な戦いの中で、籐家具は作られているってことだ」
お兄ちゃんはそう言うと、わたしの反応を見た。
わたしはぼうっとして、可愛いホースロッキングの横にしゃがみ、籐の手触りを楽しんでいた。
頭の中では何故か、先日の合コンの「癒し系の女の子がいい」と言っていた男たちのことが思い出されて仕方がなかった。
彼らの求める癒し系の女子が、実は陰で、どんなにきめこまやかに、自分を癒し系にする計算をしているのか、そのメイクや服選びはまさに戦いなのだ、なんて考えてしまった。
「癒しと呼ばれているものの根底に流れる、ものすごく大変で厳しくて、すごい努力に気づいた」
と、わたしは言った。
「だからわたしも、安易に癒し系にはならないわよ」
お兄ちゃんは面白そうに家具を見て、そっとハンギングチェアにお尻を乗せた。いいなこれ、俺も欲しい、と言ったので「借り物だよ」と言っておいた。
ゆらゆらとお兄ちゃんは揺れ、何故か懐かしそうな顔をしていた。
そうだ。昔、うちには籐家具がたくさんあった。おじいちゃんが籐家具を好んだから。
ああ、あのホースロッキング、捨てるはずがないから、きっとうちのどこかにあるはずだ。どこにあるだろう。
「職人は、緻密な作業をし、神経を削って癒しを生み出している。俺たちはその、作り出された極上の癒しを受け取っている」
お兄ちゃんは、嬉しそうだった。よほど、ハンギングチェアが気に入ったらしかった。
ハンギングチェアに揺られながら、ホースロッキングを眺める。

厳しい現実の中で作られた籐家具が、どうしてこれほど癒されるのだろう。
高い技術があるからと言えば、もちろんその通りだ。1ミリの狂いも許さないカザマの籐家具だから、これほど心地が良いのだ。
癒し。
わたしは目を閉じる。
癒されたいし、人を癒したいと思う。
そうすれば、わたしは人に必要とされるし、わたしも人を、歪んだ見方をせず、まっすぐに受け入れられるような気がする。
「人とか、あるいは何か動物やものに癒しを求めるのは、他力本願だ。他力本願の癒しは一時のもので、自分が心を定め、覚悟を決めて挑む現実が生み出す癒しは、本物だ」
ハンギングチェアに揺られている間、耳元で懐かしい声が聞こえた。
おじいちゃんがいる。
おじいちゃんが、出てきちゃったよ!
「やだ、成仏して」
わたしは言った。そうすると、「ホースロッキングとラウンドチェアをちゃんと探し出しておきなさい」と、いきなりおじいちゃんは怒って、それからぱたりと気配を消した。
探せって?
物置とか、押し入れとか。