僕は良い物を追い求めたい 第1章: 人生を豊かにする家具

【連載】僕は良い物を追い求めたい
- 【第1回】 僕は良い物を追い求めたい 第1章: 人生を豊かにする家具 ←今回はココ
- 【第2回】 僕は良い物を追い求めたい 第2章: 喘鳴
- 【第3回】 僕は良い物を追い求めたい 第3章: 伝えてゆきたい
第1章: 人生を豊かにする家具
人の価値観は、人の数だけある。
価値観は当然、人それぞれだけど、それぞれの人にとって自分の価値観は、譲れないもの。
だから僕は、僕の信じる道を突き進む。
僕は、良い物を追い続けたいし、僕の周囲の人々も良い物に囲まれて欲しいと思う。
なぜなら、良い物に囲まれてこそ生活が豊かになると思うし、人生が幸せになると思うからだ。
それが僕の、譲れない価値観だ。

目が覚めた時、言葉にできそうでできない何かを感じた。
(ぜひとも言葉にしたい)
と、僕は思った。だけど、睡眠を中断された脳みそは思うように動いてはくれない。確かにその思いを僕は知っていて、言葉にすることもできるはずなのに、その大切なものは今、海馬の深いところに沈み込んでいる。僕の睡眠の中に置き去りにされたかのように。
ああ。そうか。
ベッドから起きて水を一杯飲んだ時、案外それは簡単に言葉にすることができた。
なんだ、このことかと思う。これは毎日僕が口に出していること。
(どうして今更、これを思い出したくて、真夜中に目を覚まさずにおれなくなるほど、焦るんだろう)
僕は。
とりあえず、心の中で暗唱してみよう。
僕の大事な理念。あるいは、僕の価値観というべきか。
それはこうだ。
本当に良い家具。
その家具を生活の中に置き、人生を豊かにする。幸せになる。
人にはその権利がある。その幸せを知ることが誰にだってできる。
(問題は、それをしようとするか、どうか)
心の中で、ぽこんと泡が浮かぶように「そのこと」が顔を出す。
「それ」をしようとするか、どうか。
僕は「それ」が良いことだと思う。だから、突き進む。
「それ」を伝え続けなくてはならないと思う。
しかし。
(伝えている。精いっぱい。これ以上、どうせよと)
鏡に映る顔は疲れていた。
眠気が残る目の下の影は昼間よりも濃い。僕は顔を振る。目を閉じる。もう一度眠るべきだと分かっている。
明日は大事な仕事が控えている。眠ろう。眠らねばならない。
だけど僕の中の何かが、それをさせなかった。
僕はため息をつく。
心の中に燻る焦燥をもてあます。頼むから寝かせてくれと自分自身に訴えてみる。
だけど駄目だった。とてもではないが、今は眠ることができそうになかった。
「どうしろと言うんだよ。明日は某企業とのズーム会議が控えている。頭をクリアにしておきたいというのに」
(本当にそうだ。ただちに休まねばならない。人間、体力にも気力にも限界があるんだ。いくら気持ちがはやるからと言って・・・・・・)
僕自身に対し苛立ちをぶつけてみる。
鏡の中の自分は眉をひそめている。こんな顔、他人に見せられたものではない。僕は優しい笑顔を保っていたい。なぜなら、人の幸せこそ僕の仕事のモチベーションだから。
「走れ」
不意に、言葉が降りてくる。
脳内の中のもう一人の僕が、まさに僕が理想とする「優しい笑顔」で、僕自身に命じた。走れ。息が苦しくなるほど。体が悲鳴を上げるほど。走れば良い。
何を血迷っているのかと、僕は思う。洗面台のボックスの上に置かれるデジタル時計は、真夜中の0時を過ぎている。
走ってどうするのか。
ただでさえ疲れているのに?
体力気力の限界を感じるほどに、疲れているというのに走るのか?
何のために?
「走れ」
また、僕が僕に命じた。
そうなると僕は自分自身に従うほかなくなる。しょうがなかった。Tシャツにジャージといった服装に着替えると、とりあえずはタオルを首に巻き、財布やらスマホやら入ったウエストポーチを腰に巻いた。走れ走れと、脳内が駄々っ子のように呟いているせいか、僕自身も無性に走りたくなっていた。走って体を思い切り使いたい、汗をだくだくにかきたいような気分だった。
「分かったよ。まあ、たまには良いだろう、体を動かすのも。しかしどこまで走ろう」

マンションのエントランスから外に出た時、町の片側は明るく輝いていた。しかし、橋を境にしたもう片側は、それほど明るくはない。眠りに落ちかけているのだ。
僕は、その、明るくないほうのエリアを走ろうと思う。ジョギングコースとしては、こっちのほうが良さそうだった。
まあ、夜中に一人で走るのだから、万が一のこともあるから、いつでも警察を呼べるようにスマホは持ったしーーOKだーーさあ、行こうか。
何が何だか分からなかったが、とりあえず走ろうと思う。どうせ、こんな状態でベッドに入っても、眠れない。不眠状態のまま朝を迎えても、体力気力は復活しない。
僕は、僕自身の思いを持て余している。
なにはともあれ、こうして僕の、自分と対話するかのような、真夜中のジョギングは始まった。
それにしても、本当に綺麗な星空だ。星が降ってくるような気がするほどだ。
ここは坂の上だ。だから町を見下ろすことができるし、遠くの星空を見渡すこともできる。こんな時に、自分は何と良い場所に住んでいるのだなあと感心するのも変だけど。
体を引きずるように走り始めながら、「こんなに綺麗な星空を見たのはどれくらいぶりだろう」と、思った。