おうちに帰ろう 終章: 山あり谷ありベッドあり

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カヴァース小説部

終章: 山あり谷ありベッドあり

オフィスの女子たちは、若干だったけれど、優しくなった。
何かを指摘する時にも言葉を選んでくれるようになり、少しずつ、少しずつ、場に馴染むことができるようになった。


 
入社して半年目、ようやくわたしは、ランチの時間に女子たちと一緒に話をし、笑い声をたてることができた。それまで自分がこの場所で笑うことさえできていなかったことに気づき、愕然としたものだ。

確かにこのオフィスには、意地悪な人、陰湿なことはなかった。
ただただ忙しく、余裕がないだけなのだ。皆、仕事に真剣で、いいかげんに済ましてしまおうとすることがない。
本当に、良い職場だった。その一員として仕事に参加できるなんて、幸運としか言いようがない。そのことを、日がたつにつれ染みるように知ってゆくのは、とても幸せなことだった。

「榊原さん、そろそろ、企画の担当をしてみない」

ある時、高田さんから声をかけられた。
わたしは嬉しくて泣きそうになり、年甲斐もなく高い声で「はいっ」と答えてしまった。まりかちゃんとみりなちゃんが振り向き、「いえーい」と叫んだ。わたしも手を打って飛び上がり、歓びを全身で表現してしまった。

高田さんはちょっと微笑んだが、すぐに表情を引き締めると「あなたの担当クライアントは、ちょっと癖があるので心してね」と釘を刺した。
ああ、そのクライアントなら、何度も電話応対をしたことがある。すごく怖い調子で、まるでクレームをつけにきたかのようにしゃべるけれど、こちらが誠意をもって受け答えしたら、声が柔らかくなる。
電話の向こう側の相手も、人間なのだ。
心を込めれば、伝わらないわけがない。

「はい。頑張ります」
わたしは胸を張り、答えた。
できる。自分らしく仕事ができる。その日は近い。

(トンネルの出口が、少しずつ、見えてきている)


飲み屋でビールを飲んでいたら、「はあーい」と、聞き覚えのある声がした。隣に座られたので見てみると、山田君がにこにこしている。
今日は占いしないよ、と言ったら「わかってまーす」と言われた。山田君、軽く酔っている。

「どう。新しい職場、軌道に乗り始めたんじゃない」
山田君は言った。そして、おやじさんに「ビール」と叫んだ。
ごとんと置かれたジョッキを豪快に飲みながら、山田君は目を細めた。

「その後、良い寝床を手に入れたみたいだねー」
「透視されてるみたいで怖いからやめて」
「うははは」

ぷしゅう、と、山田君は漫画みたいに息を吐いた。目元が赤くなっている。

「実際、僕はちょっとした透視をしてるよ。榊原さんの身に今から起きることくらい、丸わかりだから」
 
ちょっとやめてよキモチワルイ。
そう言ったが、山田君はにやにやとしていた。

「なんならタロットで占ってもいいんだけど、サービスしとくよ。あのね、榊原さんは近いうち、恋に落ちるね」

はあー。
わたしは叫んだ。ちょっと唾が飛んでしまい、慌てて口を拭った。
目の前のにやついている男を睨みながら、心のどこかで動揺していることに気づく。恋。恋だって。

「また僕の占いが必要になったら、いつでも。あ、前にツケておいた1000円分、今日、僕にビールおごってくれたらチャラにしとくから」
名刺をこちらに寄越しながら、山田君は言った。

なに、1000円をチャラにする。って、アンタ、ビール何杯飲む気なのよ。

受け取った名刺には「流しの占い師 ヤ・マーダ」と書いてある。どこまでもふざけてる。

その時、店の引き戸が開いて「こんばんは」と客が入ってきた。
おやじさんが「はいよ席は空いてるよ」と言う。

わたしは急に恥ずかしくなり、ビールを口にした。
 
「榊原さん、おつかれ」

加納チーフだ。
占い師ヤ・マーダは、ウインクしながら席を離れた。どぞどぞここへ、と、漫才師みたいな調子で席を勧めている。
戸惑いながら加納チーフはわたしの横に座った。小声で「あの人誰」と聞いてきた。

「おやじさん、熱燗と定食」
加納チーフはカウンターに向かい、注文をつける。

さっきから、やたらに顔が熱いのよ。
これはきっと、ビールのせいだ。
 
加納チーフがヘタレじゃなく、フランスベッドみたいな人だと分かるまでは、これが恋だなんて、わたしは認めないのだ。
 

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