良いものは良い 第2章: とても良い家具

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カヴァース小説部

第2章: とても良い家具

 「結城さん妊娠したって。次のリーダー誰だろうね」

 「えーそんなの決まってるじゃん」

 昼休憩。わいわいと職員たちは騒いでいる。すでにその話題は、施設中に広まっていた。

 

 「羽黒さんで決まりでしょ」

 一人が言うと、みんな、そうよそうよと言い立てる。

 だけど内心はどう思っているのやら。

 職員全員が、羽黒さんのやり方を良いと思っているわけではないはずだ。というより、そう信じたい。

 わたしは無言で弁当を食べた。


 子供はテレビを見ており、わたしは夕食作りをしていた。

 お届け物でーす、と、宅配さんの声が玄関から聞こえ、急いで火を消した。カヴァースから、商品が届いたのだ。

 受け取りを済ませ、早速、居間に持ってきた。子供が目をきらきらさせている。荷物の中身は子供用のチェアだ。

 カヴァースジャパンという会社を知ったのは、半年くらい前だった。

 うちの主人は今、単身赴任で東京に出張している。出産時は流石に帰ってきたが、またすぐ仕事に戻ってしまった。主人も子供のことを気にかけていたとは思うが、こればかりは本人の思いだけではどうにもならない。離れて暮らす中、時々主人からサプライズが届く。それは、子供への玩具だったり、読み聞かせの絵本だったり、どこかの美味しいものだったり、色々だった。半年前、カヴァースというところから、居心地の良いラウンドチェアが届いた。主人から「縁側にこれを置けば、子供が遊んでいるのを見守りながら休めるだろう」と連絡も入った。ありがたかったけれど、結構なお値段に思われた。

 「そりゃ、あそこに居心地の良い椅子があればいいなと思っていたけれど。でも、ホームセンターで安く手に入るわよ」

 これからお金はいくらあっても足りないのにという気持ちもあったので、主人の気分を害さない程度に、軽く言ってみた。

 すると主人は「いや、ここで扱ってる家具は、ほんと良いものだし。使ってみれば分かるよ。俺の会社でも、ここのサイトから家具を頼んでる人、いるしさ」と、言った。

 ふうん、と思ってカヴァースのサイトを見て、そこで扱うブランドの歴史やコンセプトを読んでみた。

 (良いものは、良いのだな)

 なんとなく、主人が安価で気軽に入手できるものより、このサイトの品を推す理由が見えた気がした。

 今送られてきた子供用のチェアも、主人からのプレゼントである。

 触ってみると、本当に素敵だ。この曲線が何とも言えない。体にフィットするので使い心地は良いだろうし、やっぱり気品がある。子供が大きくなった時には、インテリアとして、長く側に置いておきたい。

 子供は喜んで椅子に座り、ぬいぐるみで遊びだした。

 わたしは夕食作りの続きを始めた。食事ができあがり、「ごはんだよ」と呼んだ時、はっとした。

 ちょこちょことどこにでも歩いて行ってしまう子供が、ずっと椅子の上で遊んでいたのだ。居心地が良いのだろう。

 (現実が、証明している)

 

 良いものは、良い。

 そうだ。

 経済面ばかり気にするわたしですら、結局、主人が送ってくれるカヴァースからの家具の良さに、心酔するようになったではないか?

 

 ごはんだよ、と呼んでも、なかなかお気に入りの椅子から離れようとしない子供を見ながら「人の心はやっぱり、良いものを認めるようにできているのだ」と思った。

 自然と頭の中では、職場の次期リーダー問題が浮かび上がっており、「大井さんだよなあ、やっぱり」と既にわたしは納得しているのだった。


 子供を寝かしつけ、やっと洗濯物たたみができるぞと思った時、ラインが入った。金山さんからだったので、驚いた。更に、内容を読んで血の気が引いた。

 

 「辞めようと思います」

 と、金山さんは伝えてきている。多分、わたしがリーダーだった頃、金山さんをかなりサポートしていたことがあったので、心を開いてくれているのだ。

 どうやら、夜勤明けの日、早番の羽黒さんから、さんざんやられたらしい。夜勤明け者と早番しかいない時間帯で、他の人の目がないのを良いことに、相当なことがあったようだ。

 「もう、頑張りも尽きてしまって、申し訳ありません」

 と、金山さんは言っている。わたしは頭を抱え、どうしようかと迷った挙句、「分かったよ、よく頑張っているね、結城さんに相談してみていい」と断ってから、かなちゃんにラインを送ってみた。

 「引き止めなくちゃ」

 と、かなちゃんは速攻で返事をしてきた。かなちゃんはすぐさま金山さんに連絡をしたのだろう。三十分してから、かなちゃんからラインが入り「なんとか無理やり引き止めたけれど、話きいたらあれは酷いわ」と言ってきた。

 「金山さん、なんだかんだ言って、一生懸命動くからねえ。結局今日だって、夜勤明けの体で、早番の仕事ぜんぶ押し付けられて、やり遂げてから帰っていったみたいだし」

 わたしは返信した。そして、内心、気の毒な金山さんは、羽黒さんが幅をきかせているような場所より、もっと優しい職場に行くべきだと思った。

 

 「大井さんならどうすると思う」

 かなちゃんが言っている。

 

 わたしは考えてみた。大井まさよなら、羽黒さんが絶大な力を持っているこの職場で、どう動くだろうか。

 「大井さんなら、誰が何を言おうとかまわず、自分の仕事を進めると思うよ」

 そう、返信した。

 それは確信だった。


 例えば、みんなが仕事を端折りたがる入浴介助でも。

 「大井さんは時間がかかるんだよねー」

 聞こえよがしに言われても相手にせず、きちんと仕事をし続けている大井さん。

 

 髪の毛の乾かし方や、男性利用者のひげの剃り方も手を抜かない。下手したら、手間がかかる爪切りまでしてしまうーーだから時間がかかってしまうのだーー大井さんは、介護の仕事を確実に遂行している。本来あるべき姿の介護を、体現している。

 利用者から暴力を受けても、声を荒げることは決してしない。職員によっては、暴力行為のある利用者の動きをタオルなどで抑制する人もいるが、大井さんはそれもしない。そのかわり、静かに話しかけたり、丁寧で苦痛の少ない方法で介助をすることで、利用者の心をなだめている。

 

 「よくもやったね。倍にして返すわよ」

 というのが、羽黒さん流である。だから利用者は、一時的に大人しくなる。だけど、その後ーー羽黒さんにさんざん怖い目に合わされた日の夜などーーは、利用者は荒れ、事故が起きたり、他の職員が苦労したりすることになる。

 

 そのことを、みんな知らないはずがない。

 何が良いのか分からないわけがないのだ、介護職ならば。

 ラインがやっと終わった。

 子供はすうすうと寝ている。ひと休みしたくて居間にいったら、今日届いたばかりの美しい椅子があった。子供の気に入りのぬいぐるみが椅子の上に乗っており、思わずわたしは微笑んだ。

 そっと、椅子に触れてみる。

 職人が、技術を駆使し、心を砕いて作った家具。

 やはり、良いものは良いのだ。

 

 カヴァースを経由して届く品は、わたしに勇気をくれる。

 良いものは良いとみんなに伝えて良いのだと、背中を押してくれている。

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