良いものは良い 終章: 新しい風

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カヴァース小説部

終章: 新しい風

 産休が間近になり、かなちゃんはますます幸せそうになる。

 彼氏とは結婚問題で少し揉めたそうだが、なんとか丸く収まった。

 「結婚式あげることになったよ。今はやりなんだって、授かり婚ってやつ」

 

 大きくなったおなか。

 今、かなちゃんは夜勤をせず、日勤のみで、主にホール対応をしている。

 なるべく重いものを持たないようにしてもらっているのだ。

 妊婦さんが入浴介助などはもってのほかだし、オムツ介助も中腰の姿勢になるので、なるべくなら外れてもらいたい。

 食事や水分の介助を中心に、かなちゃんは頑張っている。悪阻でひどい時期もあったようだが、それでも何とか乗り越え、今に至る。

 あれから間もなくリーダーに就任した大井さんだが、よく頑張っておられると思う。

 最初は、「大井さんは丁寧過ぎてついていけない」という意見があったそうだが、結局、結果がついてくるので、みんなは認めざるをえなくなっていった。

 それは、利用者へのひとつひとつの対応であったり、オムツ交換のタイミングや、トイレ誘導を怠らないことだったり、あらゆる面で実証された。

 大井リーダーの元で、とりあえずは指示されたように仕事をする。

 最初、させられている感が強かったみんなだが、そのうち「ああなるほど」と理解が追い付いてきたのではないか。

 今、ホールは和やかだ。

 利用者は表情豊かであり、職員の言葉遣いも優しくなった。

 車椅子の動かし方、トイレへの誘導の仕方、入浴への誘い方。

 全てが「大井式」になり、それ故、仕事が気持ちよく流れている。丁寧な仕事のやり方は時間と労力がかかるように見えて、実は一番の近道だったのだ。

 「それにしても、金山さん凄いね。わたしそんなこと、とても言えないよ」

 つくづく感心してわたしは言った。

 そのミーティングに、わたしは同席していなかった。でも、いたとして、ちゃんと良いものは良いと言えただろうか。

 羽黒さん推しの主任に口を封じられたかたちになったものの、結果として金山さんの思いは通ったことになる。

 というより、金山さんが口火を切ったから、パートさんたちが大井さんを推すことができたのではないか。

 羽黒さんの金山さんいびりはなくならないが、金山さんの表情は確かに明るくなった。

 羽黒さんの言動に堪えつつ、仕事はきちんとする。金山さんは確実に強くなっている。

 「金山さーん、手が空いたらおねがいねー」

 今日も、大井リーダーは明るく穏やかに、丁寧に仕事を進めている。きちんと職員にも声をかけている。

 金山さんは振り向くと、「はい、今行きます」と返事をし、どこか楽しそうな様子で、トイレに行きたそうな利用者の元に急ぐのだった。


 良いものは良いと、信じる心は大事だ。

 

 良いものを手にした時、現実は良い風に変わる。

 それは、職場の人事も、家で使う家具も同じなのかもしれない。

 「かなちゃんの結婚祝い、テーブルセットにしようかな」

 わたしは呟きながら、カヴァースのサイトを開いた。

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