バレエと秋田木工のチェア 第4章: 美しい線を描く

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カヴァース小説部

第4章: 美しい線を描く

「そうそう、もっと脚の力を抜いて、身体に一本の綺麗な線を通して、そうそう、自分の力で立つんじゃなくて、床や舞台に立たせてもらう感じで、そうよ」

バレエを習う子供たちを前に、雪絵は自分が学んだ踊りのメソッドを簡潔かつ明瞭に伝えていた。

「自分の中の一本の線が歪まないよう、きちんと筋をとおして、美しく弧を描いて、」

雪絵が熱心に指導をする傍ら、エレナはそれを見守るように隣で真剣な目をしている。コッペリアの公演を終え秋田に帰省した雪絵とエレナ。二人は雪絵の実家でのんびりと過ごすつもりだったが、地元のバレエスクールが本場ロシアから二人の現役バレリーナが秋田に来ると聞きつけ、一日だけ特別講師としてレッスンを依頼された。

「そんなに力んで床を蹴らないで、、あなたがジャンプをするんじゃくて、床があなたをジャンプさせてくれるのよ、あなたは余計な力を入れずに、床と対話するように跳んで、そう」

雪絵は細かい専門用語を多用せずに、子供たちにも感覚で分かるような言葉で、バレエにおける身体感覚を伝えた。それはさながら哲学のようであり、生き方でもあり、隣で見守るエレナにおいても新鮮で発見のある金言だった。純粋で無垢な子供たちは、ロシアから凱旋した大先輩の教えをスポンジのように吸収し、きらきらと瞳を輝かせて踊り続けた。どの子たちも最初は覚束ない動作で踊っており、身体の線が歪み、肉体の先端で描き出す曲線もいびつなものだった。それが雪絵の指導を受けることで、バレエの中心となる核のようなものを掴み、踊りによる美しい線を描けるようになっていた。

「せっかく帰って来たのに特別講師を頼まれて、大変だったわね、エレナちゃんもお疲れ様」

特別講師としてのレッスンを終え、雪絵がエレナと二人で実家に帰ると、玄関先で母親が出迎えてくれた。

「いえいえ、これもバレリーナの仕事のうちですから」

エレナが謙遜して笑顔を見せるが、そこへすかさず雪絵が言葉を挟む。

「エレナはほとんど隣で見てただけだったように思うけど。どうせ帰ったら今日は雪絵の家で何食べれるかな、とか考えてたんでしょ?」

「ふふふ、まあ、それは否定しないわ」

「開き直らないでよ、もう」

思いがけぬ明け透けな態度に、つい雪絵の声も大きくなる。

「まあまあ二人とも、とにかく晩御飯の支度出来ているから、あがってみんなで食べましょう」

そう母親に案内されると、二人は居間とひとつなぎになっているダイニングへと通された。夕飯の支度が整った奥の台所からは、味噌や醤油で味付けされた食欲をそそる鍋のいい匂いが漂っている。広さ15畳ほどの広々としたダイニングの中央には、大きな木のテーブルと、六脚の木の椅子が並んでいる。椅子の背もたれは木で出来ているとは思えないほど美しい曲線を描いている。

「わあ、素敵な椅子とテーブル。これって雪絵の家にあるのと同じものだよね?」

まるで大輪の花が開いたような、自然的で流麗にカーブする椅子の背もたれ。それはひとつの芸術作品ともいえる見事な木工家具だった。

「うん、これもうちにあるのと同じ秋田木工の家具よ。おばあちゃんがここの家具が大好きだから、うちでは昔から食事の席はここの椅子とテーブルを使ってるの」

「へー、そうなんだ、素敵だわ」

エレナはおばあちゃんの趣味に感心しながら、丸みを帯びた木の背もたれをさすって撫でまわす。角のない椅子のデザインは、木の温もりが最大限に活かされた仕上がりになっており、心地よい手触りに、しばしエレナの心が奪われる。

「そんなに気に入ってもらえて嬉しいわ。よかったらあなたにも一脚プレゼントしようかしら、エレナさん」

「えっ!?」

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