バレエと秋田木工のチェア 第5章: 宴の席

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カヴァース小説部

第5章: 宴の席

突然声をかけられ、エレナは驚いて後ろを振り向いた。そこには穏やかな笑みを浮かべた雪絵の祖母が立っていた。

「あ、あなたは、、」

「おばあちゃんっ、久しぶり!元気にしてた!?」

エレナの驚きをよそに、雪絵が祖母との再会に歓喜する。細い体躯でしなやかに跳躍し、飛びつくように祖母に抱き付く。その喜びを受け止めるように、祖母は優しく雪絵を抱き返した。

「ええ、元気にしてたわよ。雪絵がロシアで頑張っていると思うと、毎日嬉しくて嬉しくて、病気ひとつする暇もなかったわ」

「嬉しいおばあちゃん、そんなこと言われたら、私これからも頑張っちゃうじゃない」

雪絵と祖母は再会を祝すように抱擁し、喜びの言葉を交わし合う。

「本当に素敵なおばあちゃんなのね、雪絵、、」

あまりに仲睦まじい再会を見せつけられ、思わずエレナも心の奥がほっこりと和む。幼い頃から心の通い合った家族。その強い絆は、遠い異国の地で何年暮らそうとも、少しも変わってはいない様子だった。きっと雪絵はロシアでひとり暮らしていても、家族の絆に心を支えられていたのだろうとエレナは思った。もちろん同じバレエ団にいる自分が雪絵の心を支えたことも多分にあるだろうが、それ以上に雪絵は家族に支えられている。雪絵の部屋にある思い出深い椅子とテーブルでご飯を食べながら、おばあちゃんたちとの記憶や、優しい言葉を思い出したりしているのだろう。そんな風にエレナがささやかな感動に浸っていると、その思考を妨げるように味噌とお肉のいい匂いが漂ってきた。

「んっ、この匂いは!?」

まるで野性の本能が刺激されたかのように振り返ると、そこには大きな鍋いっぱいに作った豚汁があった。

「エレナちゃんが豚汁好きだって聞いていたから、いっぱい作ったのよ」

「わあ、嬉しい!」

雪絵の母親が得意気に鍋を抱えてくると、まるで感謝祭のときに食べる七面鳥のように、ダイニングテーブルの中央に豚汁を置いた。気が付けば雪絵の父親や叔母家族も顔を出し、六人掛けのテーブルに収まらない程の大人数が集まった。椅子とテーブルが足りなくなったので、祖母が自分の部屋にあるものまで持ってくる。

「おばあちゃん、新しいテーブルと椅子買ったの?」

「ええ、以前に使っていたのを雪絵にあげたら、なんだか部屋が物足りなくなっちゃって、結局新しいの買っちゃったのよ」

祖母が買った椅子も、もちろん秋田木工の曲木の加工が施された、背もたれの丸い綺麗な椅子だ。そうして人数分の椅子が揃うと、料理のほうも所狭しとテーブルに並べられた。豚汁、里芋の煮っころがし、いぶりがっこ、鰆の照り焼き、青菜のおひたし、ローストビーフ、ちらし寿司。飲み物もビールに焼酎、日本酒にどぶろく、と用意できる限りのご馳走を総動員させ、大宴会の準備が整った。そこで一家の長である祖母がグラスを手に取り、乾杯の音頭をとる。

「それじゃあお料理もお酒もそろったことだし、雪絵の凱旋とエレナちゃんの来訪に乾杯しましょう。乾杯!」

「乾杯!」

グラスを掲げ、宴をはじめる号令がかかると、そこにいる誰もが笑顔で語らい、飲み食いを愉しんだ。お酒の席特有のわあわあと賑やかな空気の中、皆で美味しい料理に舌鼓をうつ。その料理のどれもが母の愛情たっぷりで、一口食べるごとに心と身体が幸福で満たされていく。

「美味しい、お母様の料理、全部美味しいです!どうしよう、私ったら太ってもうバレエが踊れなくなっちゃうかも」

「あはは、そうしたらウチで面倒みてあげるから、遠慮しないでいっぱい食べてね、エレナちゃん」

エレナは雪絵の母親の料理を絶賛し、言葉通り遠慮することなく豚汁や里芋を口いっぱいに頬張った。さすがのエレナでも普段は食事の量をセーブするが、いまは長期間の公演が終わったばかりのシーズンオフ。次期の公演もまだ決定していないので、気持ちにもお腹にも余裕があり、束の間の休息期間を満喫しているといった様子だ。そんなエレナの様子を見ながら、祖母が雪絵に向かって不意に口を開く。

「そういえば今回の演目はコッペリアだったのよね、次のシーズンの演目は何をやるの?」

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