思いは実現する 序章: ホワイトアウト

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カヴァース小説部

【連載】思いは実現する - おばあちゃんのフランスベッド

序章: ホワイトアウト

 このベッドを使う人が、豊かに、幸せになって欲しい。 

 豊かな暮らしを手に入れる前の日本人が憧れてやまなかった国、フランス。その名前をいただいたフランスベッドには、強い思いが込められている。

 どうか、幸せに。 

 強い思いは力となる。そして、思いは現実になる。

 全てを受け止めてくれる頼もしいマットレス。

 品格のあるフレーム。

 わたしは、このベッドが好きだ。

 フランスベッドには、幸せな記憶が詰まっている。頼りがいのあるマットレスに身を任せたら、おばあちゃんの子守歌が耳の奥で蘇るのだ。


 大雪だった。

 家出はしたが、遭難までする予定ではなかった。高原の駅に降り立ち、記憶を頼りに歩いた。山道のために人通りは少なく、車も滅多に通らない。雑木林がガードレールの向こう側に広がっており、この地に足を踏み入れた時点で薄っすら雪が枝に乗っていた。ひび割れたアスファルトは色濃く濡れていた。確かに寒かったけれど、まさかこんな吹雪になるなんて、想像もしていなかった。

 歩き出して三十分。

 目の前は真っ白い風だった。細かな雪が吹き付け、息が詰まる。リュックサックは重たいし、長靴の中は冷たく濡れた。もう少しでアキラさんのお家に着くはずだけど、これじゃあ到着できない。なにしろ、一歩ごとに膝までズボとはまるのだ。

 (こんなに雪が深い場所だったとは)

 

 思えば、ここに家族で泊まりに来るのは、いつも夏休みだった。

 高原の夏は素敵だ。自然豊かで、人里離れたアキラさんのお宅。古いけれど素敵なお屋敷で、ほんの数日間、お泊りするには最高の隠れ宿だ。

 アキラさんは、鷹森アキラさんという。鷹森家は遠い親戚だ。パパとアキラさんのお父さんは小さなころから仲が良く、そのおかげでわたしたち家族は、夏のバカンスを鷹森のお屋敷で過ごさせていただくことができた。

 小さい頃、おばあちゃんや、今はもう亡くなってしまったおじいちゃんも一緒にお泊りしたことがあった。

 そんなに大勢で押しかけるなんて、と、ママは言っていたけれど、いつだって鷹森の家は笑顔で受け入れてくれた。あの頃は鷹森のおじさまやおばさまは海外ではなく、未だ高原の鷹森の家に住んでいた。誰か来ることなんて滅多にないから、たまのお客様が嬉しいのよ、なんて、おばさまは言っていた。

 今、鷹森のお屋敷には、アキラさんと、泊まり込みのお手伝いさんしかいないと聞いている。

 昔のままの温かなお家かどうかは分からないが、家出することを考え始めた時から、自分の身を隠す場所として、鷹森のおうちを思っていた。ホテルに泊まるお金もないし、知っている場所で、しばらく身を潜ませるのに適したところと言えば、やっぱり鷹森のおうちしかなかった。

 (あの頃みたいな、幸せな時間)

 吹雪が酷くなっている。

 体は凍るほど冷たくなっていた。ヤバイと思いつつ、のろのろと前進するしかない。というより、真っすぐ歩くことができているやら、それも分からない。

 寒いはずなのに、なんだか温もってきたような。

 すうっと眠くなってきたような。

 あ、いけない。これ遭難一歩手前だ。

 もわもわと頭の中で、優しい風景が広がる。パパもママも笑っていて、おばあちゃんもいる。鷹森のおじさまとおばさま。そして、学生だったアキラさんが、草原に座って楽しそうに語り合っている。

 疲れちゃったわ、と、わたしがだだをこねる。

 おばあちゃんと一緒に鷹森のお屋敷の中に入ると、お手伝いの田中さんが「ネムネムですね」と、わたしを見て言う。お部屋にどうぞ。ベッドの支度はできていますから。そう、じゃあお言葉に甘えますね。田中さんとおばあちゃんの穏やかな会話。おばあちゃんに抱きかかえられてお部屋に入り、寝かせてもらったベッドが気持ちよかった。

 そうだ。

 鷹森の家のベッドは、フランスベッドだった。

 だって、おばあちゃんが言っていたもの。

 「このお宅もフランスベッドを使っているんだね。うちと同じだわ」って。

 (おばあちゃんのベッドと、同じ寝心地)

 どんなに寝相が悪くても。

 どんなに疲れていても。

 パパやママから叱られて、泣いている時でも、いつだってしっかり受け止めてくれる、あのベッド。

 

 今も鷹森の家は、フランスベッドを使っているのかな。

 ああ。

 ホワイトアウトの中で、倒れてしまったようだ。その後の記憶は定かではない。

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