瞳、真司、美樹、孝は共同生活に少しずつ慣れ、共用部の使い方にも共有認識を持つことができ始めていた。四人の生活は、徐々に同じリズムで時間が流れ、間にあったズレや摩擦が解消されっていった。共同生活が穏やかで楽しいものに変わり始めていた。しかし、それぞれの生活はというと、当然また別の問題や悩みがあった。瞳は、都内の企業で事務職に就いているが、オフィスはビルで密集した街区にある建物の一室にある。そのオフィスは、採光が採られているものの、窓からは隣接するビルが見えるだけであった。一日の8時間以上をその空間で過ごすことで、いつのまにかストレスがたまっていた。
「なんか息苦しいなぁ…。」
家に着くと、先に帰宅していた三人がリビングで待っていたが、瞳は疲れのせいか自分の部屋へすぐさま向かった。
「瞳、最近疲れてそうだよね。大丈夫かな。」
「オフィス籠りなのが辛いみたい。」
リビングから、瞳を案じる孝と美樹の会話が聞こえる。しかし、瞳はそんなことは意識に入らず、バッとベッドに倒れこんだ。瞳の個室は、東と北側に窓が配置されている。北側は柔らかい反射光がぼんやり入り込み、東からは朝の光がとても優しい。ただ、窓からの光は心地良いのだが、どことなく無機質な感じもしていた。
「あぁぁむしゃくしゃするなぁ」
ベッドに横たわって、気を落ち着かせようとするものの、心にたまったモヤモヤが広がったままでスッキリすることができない。瞳の視界には、雑然とした部屋が映り込んでいた。里見の部屋には、ベッドの他に、衣装棚、机が置かれていたが、どこか統一感がなく、質感に生き生きとした感覚を欠いていた。
「瞳、、大丈夫?」
部屋の戸を叩きながら、真司が声をかけた。
「大丈夫だよ、ちょっと気が滅入ってるだけ。」
「入ってもいい?」
「いいよ。」
真司はベッド脇のローテーブルの前に座りながら、瞳の心境について会話を投げかけた。
「部屋がどことなく暗いね。植物とかを置いてみたらいいんじゃない?」
空間が無機的な印象を持っていると、そこでの居住者の気分もまた活きた感覚を失ってしまう。空間と、その居住者の気分は連動するからだ。例えば、室内の緑は、空間に瑞々しい感覚を与えてくれる。また、それは時として表情を変え、空間を生き活きとさせる。オフィスにこもりっきりで、毎日パソコン、事務デスク、書類で構成される風景を見続けている瞳にとって、その変化は心の息苦しさをすっと抜いてくれるものであった。真司は自室にあった観葉植物を瞳に渡した。それを瞳は、東の窓の脇にそっと置いた。朝は、東からの光が植物の葉を照らし、部屋全体に活気が満ちるような心地がする。
「なんか、毎日新鮮な空気が流れてる感じがする」
瞳の部屋に置かれていた家具は、スチールやプラスチックを素材としたものが多かったが、ナチュラルな木のものを増やすようにしたらいいんじゃないかと真司がぼそっとつぶやいた。部屋全体が乱雑であると、気分もまた乱れてしまう。部屋が統一感を持つことは、気分を落ち着かせるために重要なことだ。窓際の緑と、木質の家具で構成される部屋全体の雰囲気は、とても柔らかい生き生きとした印象を持つだろう。瞳は、これからの生活が鮮やかにものに変わる予感に満ちていた。
「うん。ちょっと気も楽になったし、頑張ろうかな。」
瞳は自室の戸を開けて、皆が集まる居間へと向かった。そこには、談笑しながら瞳を待つ三人の暖かい空気が漂っていた。
「ご飯でも食べよっか。」
美樹はそう言って、リビングのテーブルを片づけはじめた。瞳はその姿に優しさと安らぎを感じながら駆け寄っていた。