ハートキャッチャー 第4章: あなたのおかげで
【連載】ハートキャッチャー - 安らげる場所、フランスベッド
- 【第1回】 ハートキャッチャー 序章: 確かな幸せ
- 【第2回】 ハートキャッチャー 第1章: あなたを支える
- 【第3回】 ハートキャッチャー 第2章: 眠りへの誘い
- 【第4回】 ハートキャッチャー 第3章: 安らげる存在に
- 【第5回】 ハートキャッチャー 第4章: あなたのおかげで ←今回はココ
- 【第6回】 ハートキャッチャー 終章: 優しい感触
第4章: あなたのおかげで
「先生のおかげで、私、ずいぶん気持ちが楽になったんです。本当にありがとうございました」
先日、動物クッキーを食べた女性が、軽やかな表情で理紗子に話してくれた。
「あら、それは何よりだわ、うふふ」
理紗子も嬉しくなり、思わず表情がほころぶ。こんな風に悩みを乗り越えた人がまたカウンセリングルームに来ることは稀なので、理紗子は心から喜んでいた。
「それに、あの動物クッキー、私とっても気に入って、あれからネットで調べて自分で買って食べてるんです。友達に見せたら、みんなも可愛いって気に入ってくれて。とっても盛り上がったんですよ。怪我の功名ってこういうこと言うんでしょうね」
「まあ、それは何とも、うふふ。でも、楽しそうで何よりだわ」
カウンセリングルームで楽しく歓談する二人。一カ月前は泣きじゃくっていた女性が、今では嘘のように明るく声を弾ませている。人の心は変わることが出来る。少しでも安らぎを感じることが出来れば、人は心身ともに健やかな状態に近づいていくことが出来るのだろう。女性と話をしながら、理紗子は改めて人間の嬉しいメカニズムに感動していた。
「それはそうと先生、先生の誕生日って、もしかして、今日だったりします?」
突然女性が声をひそめたかと思うと、急に理紗子の誕生日の話をし始めた。ネット上などに自分の生年月日を公表していない理紗子は、驚いて思わず息をのんだ。
「えっ!?え、あ、、いやあ、どうでしょう、、、というか、どうしてそんなことを?」
「あ、いえ、何でもないです。私ったら何か差し出がましいこと言っちゃいましたね、すいません、気にしないでください」
「はあ、、」
釈然としない心境ではあったが、あまり深く考えても仕方ないと思い、理紗子は言葉通りその話はとくに気にしないことにした。
「そういえば、今日はどんな悩みがあって来られたのでしょう?」
女性がカウンセリングルームに来たにも関わらず、一向に悩み相談をはじめないので、理紗子が話を切り出してみた。
「あ、いえ、何ていうかその、とくに相談はないんです」
「ないんですか?では、今日の用件というのは一体、、?」
「先生のお陰で失恋を乗り越えられたので、その報告といいますか、お礼を言いたくて今日は来たんです」
「あ、そうなんですか。それはありがとうございます。そういうことって普段ないので、とっても嬉しいです」
意外なかたちでの来訪に驚いたが、そうやって誰かが来てくれたことが、理紗子は素直に嬉しかった。
「あれからよく眠れるようになったんです」
その日の午後には、泳げない魚の話をしてあげた男性がカウンセリングに訪れた。
「そうですか、それはよかったです」
理紗子は、またも悩みを乗り越えた人の話を聞くことができ、嬉しくて自然と笑みがこぼれていた。
「いままではどうして眠れないんだろうって、そればかり考えて余計に眠れなくなっていたのですが、先生のお話を聞いてからは、毎晩ベッドに横になるのが楽しみになったくらいなんです」
「それはよかったわ、うまく眠れると、日々の生活も楽しくなりますし、何よりですね、うふふ」
何かに捉われていた男性の心が、解放されてとても晴れやかになっている。この人の気持ちにうまく寄り添う事が出来たのかなと思うと、理紗子は自分の役割を果たすことが出来た充実感を胸の内に感じた。
「次は鼻のない象をイメージしてみようと思ってるんです」
「え?鼻のない象、、ですか?」
男性がひと通り喜びの報告を終えたかと思うと、急に思わぬ言葉を投げかけてきたので、理紗子はびっくりして目を丸くした。
「はい、泳げない魚のイメージは固まってきたので、次は別なものをイメージしようと思ったんです」
「はあ、、、それで今度は象ってことなんですね?」
「はい、そうです。これでますます眠るのが楽しみになってきます。先生、本当にありがとうございました」
屈託のない笑顔で男性が感謝の意を述べるので、理紗子も素直な気持ちで笑顔を返した。