思いは実現する 終章: 手紙

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カヴァース小説部

【連載】思いは実現する - おばあちゃんのフランスベッド

終章: 手紙

 お家の増改築は着々と進んだ。

 しばらくの間、おばあちゃんはショートステイすることになったが、その間、わたしたちは何度も面会に行った。穏やかで過ごしやすそうな施設なので、安心しておばあちゃんをお任せすることができるし、何よりおばあちゃんの体調は安定している。

 リフォームはうまくいき、お家は確実に住みやすくなった。

 もちろん、おばあちゃんを悲しませないように、見る影もなく新しくしてしまうようなことはせず、昔の名残を残しながら、快適なお家に仕上げてもらった。

 わたしたちの部屋も増築され、もうそれはほとんど完成していた。引っ越し作業も順調で、今住んでいる借家は今月いっぱいで解約することが決まっている。

 おばあちゃんはもう、寂しい思いをすることがなくなるだろう。そして、わたしたちも、いつ体調が急変するかわからないおばあちゃんのことを、心配し続けることがなくなる。これからはいつも一緒に過ごすことができるのだから。

 

 「それにしても、親爺、あんな預金をよくタンスの中に入れておけたよなあ」

 未だにパパは首を傾げている。わたしの予測では、生前、おじいちゃんは、そのお金の存在自体を忘れていたのだと思う。あの世にいってから思い出し、今こそ、そのお金が必要だと思って「ひと肌脱いだ」のに違いない。

 一方、ママは「このお金がもっと早く見つかっていれば、あんなこともこんなことも」と時々愚痴を言う。だけど、このお金は今見つかったからこそ生きたお金になったのではないか。

 奇跡って、あるのだ。

 そう思う。

 明日、おばあちゃんを素敵になった家に迎える。

 ガラス戸が作られ、スロープをかければ部屋から直接外に出ることができるようになった、おばあちゃんの部屋。そこには、愛用のフランスベッドが主の帰宅を待っている。

 先日、引っ越し祝いにと、アキラさんから新しいマットレスが送られてきた。よりいっそう快適になったフランスベッドで、明日からおばあちゃんは休むのだ。

 パパとママは、引っ越し作業で忙しい。

 わたしもお手伝いをしなくてはならないのだけど、フランスベッドを見ると、思わず寝そべりたくなってしまう。おばあちゃんの部屋のフランスベッドに横になり、ちょっとだけ目を閉じてみた。

 そう。この寝心地。

 陽だまりの中、みんなで楽しく過ごした幼い日が蘇るような、安らげる感じだ。

 夢を込めたフランスベッド。フランスベッドの夢は、実現している。

 そして、わたしの思いも、現実になった。明日から、幸せな暮らしが始まるのだと思うと、胸が躍った。

 「ナナコ、ちょっと手伝ってぇ」

 ママの声が聞こえる。

 寝ている場合じゃないのだ。ぽんと跳ね起きると、「はーい」と叫んで、走り出す。

 家族四人の生活は、これからだ。


 高原全体が幸せな温もりに包まれるような、温かなある日。鷹森家に里中ナナコからの手紙が届いた。

 ナナコさんからお手紙ですよ。お手伝いの田中さんから手紙を渡された鷹森アキラは、どれどれと封を切る。初夏の日差しはさわやかで、部屋の中は明るかった。

 アキラは手紙を読んだ。読んでいるうちに笑みが零れた。

 「大団円というところか」

 アキラは呟いた。

 手紙の内容は、幸せそのものだ。あの吹雪の日、家出をして鷹森家にやってきたナナコを思い出す。祖母を思うあまり、無鉄砲なことをしてしまったけれど、ナナコはかなりのしっかり者だ。祖母の家の増改築は無事に終わり、家族四人の生活が始まっている。今まで別々に生活してきた者が一緒に暮らすということは、綺麗ごとではない。時々ぎくしゃくすることもあるようだが、その都度、ナナコが場を和ませているようだ。それにナナコは、祖母の面倒をよく見ているらしい。

 手紙の最後は、こう結ばれていた。

 ・・・・・・と、いうわけで、わたしの思いは現実になりました。この冬、鷹森のお家でお世話になった時、フランスベッドのことをハルカさんから聞きました。昔の日本人にとって、フランスって夢の国だったんですね。夢の国の豊かさが、実現しますようにっていう思いが込められているって。その、夢が込められたベッドで休むことができたからかもしれません、わたしが思いが叶ったのも。

 本当に、その節はありがとうございました。

 小さかったナナコのことを、未だにアキラは覚えている。何度、ママゴトの相手をさせられたことか。そのナナコが、「その節は」だなんて、一丁前にお礼を言うようになった。

 (俺も、年をとるわけだ・・・・・・)

 手紙には、「追伸」と、続きが綴られている。まだあるのかと、アキラは苦笑いをした。読んでいるうちに、アキラの表情は微妙になり、最後には照れたような、困惑したような顔つきになった。

 書斎の扉がノックされたので、慌ててアキラは手紙を伏せた。

 秘書のハルカが入ってくる。ふわりと柔らかな香りが漂った。

 このところ、ハルカはより美しくなってきた。うっすらと頬に色を乗せ、綺麗に装うようになった。

 やはり、ハルカにはピーチ色が似あう。

 ハルカの二月の誕生日に、アキラはピーチ色の石で作られたペンダントトップを贈った。なめらかな雫型の形といい、優しく愛らしい色といい、ハルカによく似合うと思ったのだ。

 今、そのピーチ色のアクセサリーは、ハルカの胸元で揺れている。ハルカが頬にピーチ色のチークを入れるようになったのは、自分の贈ったアクセサリーの影響だろうか。そう思うのは、自惚れだろうか。

 いや、そうとも言えないだろう。

 確かに、自分とハルカは思いあっている。少なくとも、俺にはそう思われる。だから、そろそろ賭けに出る時なのだ。

 (早まったことをして、貴重な秘書を失う羽目になるかもしれないが・・・・・・)

 「あら、先生。ナナコさんからのお手紙ですか」

 微笑みながらハルカは言う。見ても良いですか、と、手を伸ばしたので、とっさに手紙を隠そうとした。その時手が触れあい、年甲斐もなくドキリとした。ハルカもまた、一瞬、顔を赤らめたようだ。

 脈あり。

 こんなふうに、たびたび俺は、確信に近い期待を抱いてきた。

 俺は、告げねばなるまい。君に、この思いを。

 窓から吹き込む風が、ナナコからの手紙を揺らした。ひらりと「追伸」が書かれた一枚が飛んで、部屋に舞い上がる。


 追伸。

 アキラさん、あの時、ピーチかオレンジかブラウンかって呟いていましたよね。わたしは断然、ピーチが良いと思います。

 だって、ハルカさん、本当に桃色が似合うから。

 照れて赤くなった時、頬が桃色に染まるんだけど、それが見惚れてしまうくらい、綺麗なの。色白だし。何の話をして赤面させちゃったかは伏せるけれど、本当に眼福だったわ。

 きっといつか、アキラさんも、最高に綺麗な彼女を見ることができると思います。幸せが早く実現しますように。

 あなたの可愛いナナコより。

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