美里・優二の息子である聡はこの春に都内の高校に進学し、希望に満ち溢れた学校生活を謳歌している、、、はずなのであったが、その表情に明るさはなく、家と学校をただただ往復する生活を送っているように見えた。聡は、元々、どちらかというと大人しい性格であった。中学では、小学校からの友達も多かったこともあり、学校でも新聞部に所属し、課外活動も参加しながら楽しそうに生活をしていた。しかし、高校は地元から少し離れたところに位置し、中学からの友達もほとんどいない状態であった。部活にも所属せず、授業が終われば、即座に家への帰路に向かう。元々の性格もあってか、なかなか新しい友達も作れない。美里と優二はそんな聡を案じつつも、なかなか言葉をかけられずにいた。
「ただいま。」
ぼそっと、聡がつぶやいた。
「おかえり。今日は学校どうだった?」
美里の問いかけに対して、聡は返答せず、そのまま自室へと向かった。いつもの光景ではあるが、それでも美里としては心配せずにはいられない。
「優しい性格の子だから、自分を出しにくいんだよね…。」
「なにかきっかけさえあればいんだけど。」
美里と優二は、なにか変化のきっかけを作ってやれないかと思案していた。そんな折、優二は聡の個室のインテリアについても考えをめぐらしていた。子供たちの部屋には関与しないようにしていたが、綺麗に整えてあげたい気持ちもあったのだ。子供たちの個性や趣向をとりいれながら、どうにかできないものか、優二はそう考えながら家具のパンフレットのページをめくった。
「ちょっと外に出かけてくるよ」
リビングにいる美里と優二に向かって、聡がぼそっとつぶやいた。優二がパンフレットから顔をあげて、声をかけようとするときには、聡はもう振り返り玄関に向かっていた。そこには、どことなくその背中は寂しげだ。
優二は聡に向かって話しかけながら、玄関に向かった。
「うん、そうみたい。」
聡は青い傘を持って、玄関から外を見ていた。
「雨をみていると、なんだか落ち着く。」
聡は、小さい頃から雨の日になると、窓から外を見るのが好きだった。どこか穏やかな気持ちになるらしいのだ。雨が地面に打ち付ける音が、ただただ二人の空間に響いた。
「じゃあ、行ってくるよ。」
傘を広げて、聡は玄関の外に出た。優二は、その青い広がりが遠のいていくのを後ろから見守りながら、過去に想いを馳せた。
「そういえば聡は、小さい頃から青いものが好きだったな。」
青は水を想起させる色だ。それはどこか人の気持ちを安らげる。雨が静かに降っている風景を感じさせる淡い青を優二は好んでいた。優しくおだやかな性格と波長があうのかもしれない。
「雨の景色か…。」
優二は、インテリアショップに向かい、青いカーテンを買った。家に帰ると、まだ聡は戻っていなかったが、優二は聡の部屋に入り、カーテンをかけた。
「勝手にかえて、怒っちゃうかな。」
優二が部屋を出ようとした瞬間、聡が外から帰ってきた。
「お、、、おかえり。」
部屋の窓一面が淡い青色に覆われ、そこからの光が部屋全体にやわらかく広がる。まるで、優しい雨の中にいるような、海の中にいるような、そんな心地がしてくる。
「ありがとう。」
優二が部屋を出ようとした瞬間に、聡はそう呟いた。その声は、とても優しい響きだった。翌日、聡はいつもの時間帯に学校から帰り、リビングにいる美里に声をかけた。
「ただいま。」
「おかえり。今日はどうだった。」
美里もいつものように、聡に言葉を返した。
「楽しかったよ。」
いつもより、少しやわらかな表情で聡はそう答えた。空間と人の気持ちは響き合うのかもしれないな、そんなことを思いながら、里美は夕飯の準備に戻った。