第1回: 秘密の部屋としてのベッド

  第1回: 秘密の部屋としてのベッド
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部屋を快適にする”文法” - 知恵の蓄積に学ぶ

第1回: 秘密の部屋としてのベッド

部屋を快適にする”文法” - 知恵の蓄積に学ぶ

「ふあぁ、昼か…。そろそろ起きるかな。」

秘密の部屋としてのベッド01洋二は、いわゆるフリーランスとして自宅で仕事を行なっている。そのため、私生活と仕事の区切りはあまりなく、仕事が忙しくなれば仕事を、そうでなければテレビを見たり、本を読んだり、webサイトを見たりしたりしていた。このように時間の配分は、本人の裁量次第であったが、それは空間の使い方にも表れていて、部屋の中は、寝る所、食べる所、作業をする所、休む所などの区分がなく、本や小物や食器などが雑然と散らばっていた。

「うーん。やっぱりまだ眠い…。」

ベッドは部屋の脇に置いてあったが、周囲には作業用の机や、読みかけの雑誌や本が置かれている小テーブルがあり、作業する場所やくつろぐ場所が渾然一体となっている。そのせいか、目が覚めて、ベッドから出て活動しようと思っても、気持ちの切り替えがうまくいかない。

「最近、生活リズムの昼夜が逆転してるな…。」

秘密の部屋としてのベッド03洋二としては、夜は寝て朝起きるという生活にどうにかして戻したいと思いつつも、なかなか実践できないでいた。やっとのことでベッドを出た洋二は、ソファに座って眠気が覚めるのをじっと待った。まだ夢の中にいるかのような心地がするものの、それは必ずしも気持ちがいいものではなかった。寝てる時も、起きている時も、休んでいる時も、仕事をしている時も、同じような場所で過ごし、どこか出口のない窮屈さに囚われていたからだ。しかし、だからといって、外に出かけたとしても自分の部屋が生活の中心であることに変わりはなく、外に出かけたいとも思わなかった。

「ネットでもするか。」

いつものように、PCをつけ、ブラウジングを始めると、気がつかないうちに部屋のことについて調べていた。

「もっと部屋を楽しいものにできないかなぁ。」

インテリアや建物には門外漢であった洋二であるため、インテリア雑誌などに載っている出来上がった空間を見るだけでは、いまいち実感を持てなかった。どうやって、それを作ればいいのか、その場所にいるとどういう感覚がするのか、それらのイメージを抱けなかったからだ。空間作りの方法に関する情報はないだろうか、そう考えていた洋二の手がふと止まった。

「これはおもしろそう!」

洋二は『パタン・ランゲージ』という一冊の書籍に惹きつけられた。この書籍は、建築家・都市計画家のクリストファー・アレグザンダーが、いかに町や建物を、生き生きとしたものにできるか、その方法を提示したものである。そこには、パタンと呼ばれる、町や建物に関する253個の「型」が掲載されている。簡単に言えば、心地良い空間に共通する特徴のようなものだ。単語が組み合わさって詩が生まれるように、そのパタンを組み合わせることで、心地よい空間が生まれるという考え方らしい。早速、洋二は書籍を注文した。

「ベッドについても書いてあるんだ。」

秘密の部屋としてのベッド02数日後、家に届いた書籍をパラパラめくっていると、その中に掲載されている「ベッド・アルコーブ」というパタンに目がいった。アルコーブとは、一般的にはあまり聞きなれない言葉ではあるが、壁からくぼんだ形になった奥まった空間のことを指している。本を読み進めると、そこにはなんと「寝室は無意味である」と書かれている。洋二の部屋には、特に寝室を設けていなかったので俄然気になった。寝室を作ってしまうと、ベッドの周囲の空間が無駄になるという考えらしい。では、今の洋二の部屋のように他の家具と渾然一体となっていればいいのかというとそうではなかった。その答えが、部屋の脇にある「アルコーブ」にベッドを設けることらしい。部屋全体の空間につながれている開放感と、そこから少し離れて引きこもれる独立性のバランス感が「ベッド自体を自分の楽園」にする。

「なるほど、ドラえもんが押入れで寝るみたいな感じか…。」

要は、ベッドを他の空間と混ぜるのでも隔絶するわけもなく、そのバランスが重要なのだ。洋二は、ベッドを壁脇に移動させ、さらに天蓋を設置した。部屋の中にもう一つの小さな部屋ができたような印象だ。

「ベッドが少し特別な場所になって楽しいかも。」

ちょっとした工夫が、空間を小さな楽園に変え、生活を活気づけるのだ。

参考: C.アレグザンダー(平田翰那訳)、『パタン・ランゲージ』、鹿島出版会、1984