素敵なおとなりさん 第1章: シンガポールからの便り

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カヴァース小説部

【連載】素敵なおとなりさん - 恋するHTLのソファ -

第1章: シンガポールからの便り

そら、りく、元気ですか。

って、この間、ZOOMで喋ったばっかだけどね。でも、やっぱ手紙の書き出しはこうだよ、日本人的に。
ママもパパも元気です。ここ、はじめてじゃないってのもあるけれど、シンガポールの気候や食べ物が合っているみたいで、本当に調子がいいです。日本食のレストランもあるしね。
敬老の日が近いので、金岡のうちに贈り物を送りました。これが凄く良いソファなの。設置する時手伝ってあげて欲しいので、お願いします。

あなた方には小さい時からよく言って聞かせた通り、「本物を見る目」を養ってほしいです。
だからいずれ機会があれば、また日本から出て海外で期間限定でもいいから生活してご覧。なんならシンガポールにおいで。

じゃあね、愛を込めて。ママより。


今、両親はシンガポールにいる。
パパはデザインの仕事をしていて、その関係で、昔からあっちこっち飛び回っている。単身赴任などさせたくないママが、それについて行く。
だから、わたしと弟のりくは、日本のとある田舎の一戸建てで、ご近所や、車で五分のところに住んでいる金岡のおじいちゃんおばあちゃんのお世話になりながら、生活してきた。
そう言うと、さぞ寂しいだろうと思われるかもしれないが、それほどでもなかった。
両親はーー特にママはーー頻繁に連絡をくれる。学費やら生活費やら小遣いやらは、きちんと振り込んでくれる。よく、その時住んでいる国の品を送ってくれるし、時には授業参観や運動会のためだけに帰国したりもしてくれた。


 
「せめて、りくが中学を卒業するくらいまで、母親だけでも残るべきだったんだよ」
未だに金岡のおばあちゃんは言っている。

「それか、りくが生まれる前、そらを連れて家族三人で海外に住んでたじゃない。あれもどうかとは思ったけど、親子で一緒にいられたんだから、今よりはましだったんじゃない」

えー、そうかな。あれはあれで大変だったよ。
と、わたしは笑って言っておく。
りくは「いいなあ姉ちゃん。俺なんか未だに海外に出たことねーし。シンガポールってマーライオンあるところだろ」と、いつも言う。

大昔、わたしもパパとママに連れられて、シンガポールに住んだことがあった。五歳くらいの頃の記憶だと思うが、暑くて、海が綺麗で、なんだかのびのびと暮らしていたように思う。そうだ、あの時も、パパの赴任先はシンガポールだった。

やがてママはりくを産むために帰国した。パパは最初、ママとわたしとりくが三人で住み、自分も骨休めに帰国して一緒に過ごすために、この家を買った。だけど、結局ママがパパについていきたがり、とうとう、高校生だったわたしと、まだ小学生だったりくを残して二人して海外に飛んでいったのだった。

「なんだかんだ言ってラブラブだからなー」

「夫婦喧嘩するくせに、よう分からん」

わたしとりくは、淡々と語りあったものだ。

りくとは年が離れているけれど、戦友みたいに支えあってきた。家政婦さん雇おうか、と、ママが提案してきたことがあったが、その必要は感じなかった。わたしもりくも、家事は一通りできたから。
学校のことも、まあ、そつなくこなしていると思う。もちろん、何回か学校で友達といざこざがあったり、進学のことで話があったりして、そういう場合はママが一時的に帰国した。綱渡りみたいな感じではあったが、とりあえず今のところは無事に、わたしは自宅から大学に通っており、りくも無事高校進学した。

りくが、はじめて女の子と付き合い、結局三日でふられたこととか。
わたしが失恋してビール缶を半ダースやけ飲みして、悪酔いしたこととか。
親には言えないことも、きょうだい二人で共有し、「人生って色々あるよな」と、縁側で二人並んで茶を飲みながら言い合っている。


 
そんなわたしたち。
山田そら22歳と、りく16歳。

ママからのエアメールを、二人で読んだ。最初にわたしが読み、次にりくが読んだ。部活から帰ってきたりくは、いつもながら強烈に汗くさかった。
あんた、ユニフォーム、洗剤につけといてよ。手紙を読んでいるりくに、わたしは言った。

「臭いのは服より、俺自身じゃないかね」

と、りくは意見を述べた。

りくは読み終えた手紙をテーブルに置いた。
 
「こんにちは、回覧板、おいておきますね」

玄関のほうで物音がして、同時に柔らかい声が聞こえてきた。先月、隣の空き家に引っ越してきた青葉さんの奥さんだ。いつも、丁寧に声をかけていってくれる。旦那さんの仕事の関係で、転勤が多いみたいだ。

そういえば、青葉さんのお宅って。

「ねえりく」

味噌汁の味見をしてから、わたしは言った。

「青葉さんとこの男の子、あんたと同じ高校に編入したんだよね」

「えっそうだよ。クラス同じだし、あいつ陸上部に入ってきたし」と、りくは何気なさそうに言った。

ハアー、そうだったの。知らなかったよ、どんな感じなのぉ。
 
姉の質問に、りくは面倒くさそうにして「どんなって、まだ日も浅いし」と逃げた。そして、そそくさと台所を出た。手を洗ったり、着替えたりしなくてはならないから。
 
おとなりの青葉さん。
何かと気になるのには理由がある。それは。
(実は、わたしのほうも、学校が同じなんだよなあ)

青葉家の二人兄弟。兄は大学。弟は高校。奇しくも二人して、わたしらきょうだいと同じ学校に通っているのだ。
わたしが関わっているのは兄の方なのだけど。

(ウーン・・・・・・)

今日の味噌汁は、うまく出来た。隠し味に日本酒を入れるのがコツだ。
頭の中では、友人の森本真理のキラキラした目が蘇っていた。

「ね、そら。青葉君いいよ。アタシ彼氏がいなかったら放っておかない。あれは本物よぉ。アタシには分かる」
お隣なんでしょー、いいないいなー。
 
(本物、ねえ)
お茶碗にご飯を盛りながら、首を傾げた。

青葉はじめ氏。
先月、うちの大学に編入してきた。確かに背は高い。けれど、寡黙で落ち着いていて、コツコツとノートを取っている姿しか知らないし、取り立てて目立つわけでもない。
もう大学生なのだし、親が引っ越したからといって自分もついてくることはないと思うのだけど、たまたま、こっちのゼミに興味があり、編入してきたらしい。結構できが良いらしくて、今から大学院に進むことが決まっているらしいのだけど。

真理は、あの人のどこが「本物」って思うのだろう。勉強好きで将来が見込めるからかな。

配膳を終えた時、スマホが鳴った。金岡のおばあちゃんから電話だ。出てみたら「そらちゃん、これから来れる」と言われた。
ほかほかの食事を見ながら、「今からぁ」と言ってしまった。

「ごはん食べてからでもいいわ。あのね、シンガポールから荷物が届いたの」

おばあちゃんは早口だ。
ああ、ママが言っていた敬老の日のソファのことか。荷解きやら設置を手伝えと言ってきているし、でっかいんだろうなあ。
おばあちゃんは、興奮状態だった。

「ねっ、アンタたちも見て。ほんで座ってってよ。もうね。もうね」

年甲斐もなく、おばあちゃんは歓声をあげた。わたしは電話を耳から離した。
 
「映画みたい。これはほんとに、良いよぉ」

ソファが映画みたいとは。
というより、荷解きして既に使用している感じじゃないか?
(わたしが行く意味あるんかね)

いいからおいで。りくもだよ。とにかく座ってきなさい。わたしとじいさんだけじゃ勿体ないから。

電話は切れた。
なんだか分かんなかったが、まあ、行ってみるか。
Tシャツ姿になって台所に戻ってきたりくに「はやく食べてばあちゃんち、行くよ」と言った。
りくはポカンとして「へー」と口を開いた。

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