長くまっすぐな道 序章: おばあちゃんの編み物

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カヴァース小説部

序章: おばあちゃんの編み物

 おばあちゃんは、いつもその籐の椅子に腰かけて編み物をしていた。

 古い籐の椅子はひなたの匂いがして、触るとしなやかだ。おばあちゃんの編み物は人気で、たくさんの注文を貰っていた。

 「機械の編み物より、手編みが好き」

 「すごく細かいし、丁寧だし、なんか、人の心が編み込まれたみたいな気がするの」

 

 リピーターさんたちは、みんな喜んでおばあちゃんの編んだ品物を大事に使った。おばあちゃんは亡くなったけれど、未だにファンの人から問い合わせの手紙が来る。

 わたしたち家族にとってもおばあちゃんの存在は大きくて、亡くなった今でも、おばあちゃんならこう考えるだろう、とか言い合う。

 おばあちゃんが大好きだった妹の花は、しょっちゅうおばあちゃんの座っていた籐の椅子に座り、長時間考え事をしたり、読書したりする。

 今年、花は受験生だ。それもあって、悩みが多いのだろう。この頃、籐の椅子で過ごす時間が長くなった。

 

 花は考えている。

 県外の福祉大学に行くか、地元の福祉専門学校に行くか。

 前者なら、社会福祉士とか、いろいろと上の方の資格が取れる。けれど、時間やお金がかかるのだ。

 後者だと、介護福祉士の資格付きで、引く手あまたの介護施設を、どこに就職しようかなと選ぶことができる。現場は若い介護福祉士が欲しい。下手に学歴があったら面倒だし、それに、現場じゃ大学出てるからどうした、という目で見られるのは否めない。

 それを、夏ぐらいからずっと悩んでいて、このところ、悩むあまりに籐の椅子が花の定位置になってしまった。最近では、籐の椅子の前に小さい台が置かれ、そこで勉強したりものを食べたりしているようだーーまあ、わたしは帰りが遅いから、よくは分からないのだけど。

 それにしても、丈夫な椅子だなあ。

 あれ、おばあちゃんがいた時点で、もう相当古かった。凄い年代物なのに、まだまだ座れるし、全然壊れていない。おまけに籐だから軽いし、掃除の時は便利だ。

 一般的に、籐は壊れやすくてすぐ駄目になると言われているのだけど、なんでうちの椅子は、こんなに丈夫なんだろう。

 ずっと、不思議だった。


 飛んでゆくみたいに、あっという間に時間は過ぎてしまう。

 この間まで暑くてアイスばかり食べていたのに、気が付けば山は白くなり、町はハロウィンからクリスマスへ模様替えをしていた。

 (そういえば、会社でも事務の女の子たちがクリスマスツリーやら、リースやらを、あちこちに飾っていた)

 車から降りる。吐く息は白い。

 冬の夜空は綺麗だけど、研ぎ澄まされたような冷たさがある。見上げると、音が聞こえそうな位に星がやかましく瞬いていた。

 夜の零時を回っている。集合住宅はしいんと静まり返っている。向かいの家は、まだテレビを見ているらしく明かりが漏れていた。うちは、一階はがっちりと雨戸が閉められているけれど、二階はこうこうと電気がついていた。

 昔から、真田家の夜は長い。

 わたしも花も、子供のころから宵っ張りだ。だから、こんな零時を回るような編集プロダクションの仕事なんか、やっているんだと思う。

 最初、お母さんは毎日顔をしかめて、「もう蝶ったら、あんた適齢期なのに」と言っていたけれど、今は「おつかれさーん」としか言われなくなった。と言うか、お母さんも疲れたのだろう、帰りを待って起きていることがなくなった。

 否。もしかしたら、わたしのやっている仕事のことを、少しずつ、分かってきてくれたのかなと思う。

 ポリシーと言うか。

 世の中、デジタル化が進んでいる。何でもかんでも、早くて安ければ良い。編集業も例外ではなくて、どんどん、どんどん、楽なほうに流れている。

 なのに、なんでわたしがこんなに残業三昧なのかと言うと、上司の棚山主任が時代遅れじゃないかと思う位に地道で緻密でこだわりまくるような編集者だからなのだ。

 もう、毎回、印刷会社とか、社内の組版の人とか、デザイナーとかと、やりあっている。うちの会社はもともと、デザイン重視ではなく、読み易く分り易いのが上質な書籍の条件、という考え方で、昔ながらの職人気質の編集の考えが未だに通る。だけど、やっぱり若手の社員とか中途入社の人とかからは、「もっとコストが下がるのに」とか「そこにこだわるか」という冷めた意見も出始めていた。

 (まあねー分かるんだけどねー)

 白い息が天に上る。ああー、疲れた。首が凝る。

 ともあれ、何とか日付が変わる前に、データをメール送信できた。突貫工事のような急ぎでありながら、棚山主任のこだわりが働いて、それは物凄い日々だった。頑張ったよ、自分。

 次の工程にかかる前に、少し休暇を貰っている。だから明日は思う存分寝るんだ。

 くたくたに疲れた体を夜空に向かってうんと伸ばしながら、わたしは「あー、棚山主任の下についちゃった者の逃れられないサダメだあ」と呟いた。

 わたしは、しっかりとした仕事をしようという棚山主任の考えは、嫌いではなかった。厳しすぎて辟易することも、あるんだけど。

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