人生の祝福 第1章: 今のあなたに、必要なもの

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カヴァース小説部

第1章:  今のあなたに、必要なもの

 仕事をしたい、というのとは少し違う。しなくちゃいけない、という方が近い。

 はっきり言えば、わたしは焦っていた。体が自分の思いにストップをかけているのが、とても歯がゆかった。何でこんな時に、と、自分の体を恨んだ。こういう時は思考に歯止めがきかず、こんな試練を自分の課すなんて、カミサマなんかあるもんか、という、目に見えないものへの八つ当たりに発展した。

 病院通いと休養ーーといっても、いつもの煎餅布団で寝たら余計に痛いので、ソファに座ることしかできなかったーーしかすることがないのは、辛いものだ。雪が少し積もったので雪かきを、と動こうとして、おっとわたしは腰痛と坐骨神経痛で休んでいるんだったよ、と、思い出す。

 それで、あさ姉ちゃんがお店から帰宅した時、うちの前の駐車スペースはコンモリとアイスのように雪が積もっていた。ああー、ゴメン、わたしが雪かきするべきだったのに、と家の中で気まずくなっていたら、がし、がし、と、楽し気な音が聞こえてくる。おまけに何故か、鼻唄まで聞こえてきた。

 おずおずと出て行ってみたら、あさ姉ちゃんは上機嫌な顔で、ざっくざっくと雪よかしをしているのだった。

 「降るねえ」

 と、あさ姉ちゃんは言い、ものすごく嬉しそうに空を見た。夜目にも鮮やかなショッキングピンクのコートや、レインボー柄の毛糸の帽子が、体の動きに合わせて揺れていた。雪雲に覆われて空は真っ暗で、星ひとつ見えない。息が白くあがり、空気は凍てつくようだった。

 「あんたの車にも積もってたから、よかしといたよー」

 と、あさ姉ちゃんは言い、「フー」と、手袋をした手で額の汗を拭った。

 「もうしわけねえ」

 わたしが大きな体を竦めると、「いや、楽しいよ」と、あさ姉ちゃんは笑った。

 それにしても、ずいぶん降ったものだ。家の中にいて気づかなかったが、庭はもう雪に埋もれているし、道には深いわだちが出来ている。除雪車の音が遠くで聞こえるので、多分そのうち、この団地にも来るのではないか。

 

 「雪山作って、お尻で滑るアレ、やろう」

 と、良いトシして、あさ姉ちゃんは無邪気なことを言った。

 

 「無理ぃ。腰も足も痛いから」

 わたしは言った。

 はっ。はっ。

 白い息は雲のようだ。それとも、ドラゴンの吐く熱い気体だろうか。

 あさ姉ちゃんはにこにこと「あんたの体が治るまで、雪も待ってくれるよ」と言った。

 嬉しいような、迷惑なような。わたしはやっぱり、寒いのは嫌いだ。

 まあ入ろうよ、ごはん出来てるからさ。

 

 ほうっておいたら、いつまでも雪と戯れていそうなあさ姉ちゃんを促して、家の中に入った。

 味噌汁と真っ白いごはん、焼き魚を出した。つつましやかな、我が家の晩御飯。いつもあさ姉ちゃんは、嬉しそうに食べ物を食べる。あさ姉ちゃんが食べているところを見ると、自分が出した食事が素晴らしいご馳走みたいに思えてしまう。

 「体の具合どーお」

 「うん、まあ。そっちも、仕事どう」

 「あは、忙しいよ。世の中、みんな癒しが欲しくて」

 あさ姉ちゃんは笑う。

 お姉ちゃんの仕事は、わたしにはよく分からない。いわゆる、スピリチュアル系の何かだろうけれど、わりと評判が良いらしい。

 お店は、その手のお店らしく午後から開店する。こんな平日に誰が来るんだと思うけれど、意外に、普通のサラリーマンとか、学生さんとか、幅広い世代だったり、様々な立場の人が訪れるらしい。

 

 「そうそう、ゆう。あんた明日、荷物受け取れる」

 あさ姉ちゃんは味噌汁をすすってから、相変わらず上機嫌な顔で言った。

 えっ、いいよ、だってわたし休みだしさ。

 若干僻みっぽく言ってしまったが、あさ姉ちゃんにネガティブなものは通じない。ぱあん、と、跳ね返され、笑顔で戻ってくる感じ。

 

 「なに。またAmazon」

 と、わたしは言った。

 あさ姉ちゃんは「ちがーう」と言った。「もっと大きくて、今のあんたにこそ、必要なものだよー」と、なぞなぞみたいなことをのたまった。

 何だよ、もったいぶって。

 大きくて、今のわたしに必要なもの。アレか、マッサージチェアか何かか。

 

 腰の痛みは、お姉ちゃんが帰ってきてから、何故かなんとなくぼやけてきた。治ったわけじゃないし、気分的なものだと思うけれど。

 食器を洗いながら、一体お姉ちゃんは何を買ったんだろうと、首を傾げていた。


 と、まあ、こういう前置きがあったわけだ。

 実際にソレが届いた時の驚きは、言葉では表せない。

 「あわわ」

 という感嘆詞しか飛び出さなかった。

 

 確かに巨大な荷物だった。うちに運び込まれたそれは、開封される前から、王者の風格を漂わせていた。

 (ベッド・・・・・・)

 

 送り状に書いてある品物の名前を見て、スマホで検索した。

 シーリー。

 

 そしてわたしは、ただでさえぎっくり腰なのに、腰を抜かした。

 調べたところ、そのベッドは、一流ホテルに設置してあるような類の、素晴らしい品物であった。

 あ。あ。

 「あさ姉ちゃーんっ」

 思わず姉の名を呼んだ。真昼の家の中で、わたしの声が響き渡った。

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