人生の祝福 第1章: 今のあなたに、必要なもの
【連載】人生の祝福 - 意味のある至福、シーリー -
- 【第1回】 人生の祝福 序章: 絶体絶命のピンチ
- 【第2回】 人生の祝福 第1章: 今のあなたに、必要なもの ←今回はココ
- 【第3回】 人生の祝福 第2章: 至福の天使と、仕事の武人
- 【第4回】 人生の祝福 第3章: 幸せになってもいい
- 【第5回】 人生の祝福 終章: 贈り物
第1章: 今のあなたに、必要なもの
仕事をしたい、というのとは少し違う。しなくちゃいけない、という方が近い。
はっきり言えば、わたしは焦っていた。体が自分の思いにストップをかけているのが、とても歯がゆかった。何でこんな時に、と、自分の体を恨んだ。こういう時は思考に歯止めがきかず、こんな試練を自分の課すなんて、カミサマなんかあるもんか、という、目に見えないものへの八つ当たりに発展した。
病院通いと休養ーーといっても、いつもの煎餅布団で寝たら余計に痛いので、ソファに座ることしかできなかったーーしかすることがないのは、辛いものだ。雪が少し積もったので雪かきを、と動こうとして、おっとわたしは腰痛と坐骨神経痛で休んでいるんだったよ、と、思い出す。
それで、あさ姉ちゃんがお店から帰宅した時、うちの前の駐車スペースはコンモリとアイスのように雪が積もっていた。ああー、ゴメン、わたしが雪かきするべきだったのに、と家の中で気まずくなっていたら、がし、がし、と、楽し気な音が聞こえてくる。おまけに何故か、鼻唄まで聞こえてきた。
おずおずと出て行ってみたら、あさ姉ちゃんは上機嫌な顔で、ざっくざっくと雪よかしをしているのだった。
「降るねえ」
と、あさ姉ちゃんは言い、ものすごく嬉しそうに空を見た。夜目にも鮮やかなショッキングピンクのコートや、レインボー柄の毛糸の帽子が、体の動きに合わせて揺れていた。雪雲に覆われて空は真っ暗で、星ひとつ見えない。息が白くあがり、空気は凍てつくようだった。
「あんたの車にも積もってたから、よかしといたよー」
と、あさ姉ちゃんは言い、「フー」と、手袋をした手で額の汗を拭った。
「もうしわけねえ」
わたしが大きな体を竦めると、「いや、楽しいよ」と、あさ姉ちゃんは笑った。
それにしても、ずいぶん降ったものだ。家の中にいて気づかなかったが、庭はもう雪に埋もれているし、道には深いわだちが出来ている。除雪車の音が遠くで聞こえるので、多分そのうち、この団地にも来るのではないか。
「雪山作って、お尻で滑るアレ、やろう」
と、良いトシして、あさ姉ちゃんは無邪気なことを言った。
「無理ぃ。腰も足も痛いから」
わたしは言った。
はっ。はっ。
白い息は雲のようだ。それとも、ドラゴンの吐く熱い気体だろうか。
あさ姉ちゃんはにこにこと「あんたの体が治るまで、雪も待ってくれるよ」と言った。
嬉しいような、迷惑なような。わたしはやっぱり、寒いのは嫌いだ。
まあ入ろうよ、ごはん出来てるからさ。
ほうっておいたら、いつまでも雪と戯れていそうなあさ姉ちゃんを促して、家の中に入った。
味噌汁と真っ白いごはん、焼き魚を出した。つつましやかな、我が家の晩御飯。いつもあさ姉ちゃんは、嬉しそうに食べ物を食べる。あさ姉ちゃんが食べているところを見ると、自分が出した食事が素晴らしいご馳走みたいに思えてしまう。
「体の具合どーお」
「うん、まあ。そっちも、仕事どう」
「あは、忙しいよ。世の中、みんな癒しが欲しくて」
あさ姉ちゃんは笑う。
お姉ちゃんの仕事は、わたしにはよく分からない。いわゆる、スピリチュアル系の何かだろうけれど、わりと評判が良いらしい。
お店は、その手のお店らしく午後から開店する。こんな平日に誰が来るんだと思うけれど、意外に、普通のサラリーマンとか、学生さんとか、幅広い世代だったり、様々な立場の人が訪れるらしい。
「そうそう、ゆう。あんた明日、荷物受け取れる」
あさ姉ちゃんは味噌汁をすすってから、相変わらず上機嫌な顔で言った。
えっ、いいよ、だってわたし休みだしさ。
若干僻みっぽく言ってしまったが、あさ姉ちゃんにネガティブなものは通じない。ぱあん、と、跳ね返され、笑顔で戻ってくる感じ。
「なに。またAmazon」
と、わたしは言った。
あさ姉ちゃんは「ちがーう」と言った。「もっと大きくて、今のあんたにこそ、必要なものだよー」と、なぞなぞみたいなことをのたまった。
何だよ、もったいぶって。
大きくて、今のわたしに必要なもの。アレか、マッサージチェアか何かか。
腰の痛みは、お姉ちゃんが帰ってきてから、何故かなんとなくぼやけてきた。治ったわけじゃないし、気分的なものだと思うけれど。
食器を洗いながら、一体お姉ちゃんは何を買ったんだろうと、首を傾げていた。
と、まあ、こういう前置きがあったわけだ。
実際にソレが届いた時の驚きは、言葉では表せない。
「あわわ」
という感嘆詞しか飛び出さなかった。
確かに巨大な荷物だった。うちに運び込まれたそれは、開封される前から、王者の風格を漂わせていた。
(ベッド・・・・・・)
送り状に書いてある品物の名前を見て、スマホで検索した。
シーリー。
そしてわたしは、ただでさえぎっくり腰なのに、腰を抜かした。
調べたところ、そのベッドは、一流ホテルに設置してあるような類の、素晴らしい品物であった。
あ。あ。
「あさ姉ちゃーんっ」
思わず姉の名を呼んだ。真昼の家の中で、わたしの声が響き渡った。