人生の祝福 第3章: 幸せになってもいい
【連載】人生の祝福 - 意味のある至福、シーリー -
- 【第1回】 人生の祝福 序章: 絶体絶命のピンチ
- 【第2回】 人生の祝福 第1章: 今のあなたに、必要なもの
- 【第3回】 人生の祝福 第2章: 至福の天使と、仕事の武人
- 【第4回】 人生の祝福 第3章: 幸せになってもいい ←今回はココ
- 【第5回】 人生の祝福 終章: 贈り物
第3章: 幸せになってもいい
シーリーのベッドで眠る時、最初のうちは申し訳なくてたまらなかった。
仕事をお休みして、同僚のみんなに迷惑をかけまくって、お姉ちゃんだけに働かせて。こんなわたしが、こんな素敵なベッドで休んで、おてんとうさまに顔向けができない。
そんな思いでいっぱいだった。
けれど、ふわっとベッドに触れると、いきなり極上の癒しの世界に心が飛んで行く。
背後でブツブツ怒っている仕事の武人も「おま、ちょ、ちょ、まて」と慌てたように言いながら、すうっと遠のいていく。
どうやら、このベッドには、仕事の武人を遠ざける効果があるらしい。
寝室を別世界に代えてしまうほどパワーのある存在感。至福の寝心地。確かに天使が住むだけある。
「あああー」
ベッドに転がると、全身のこわばりがすうっと抜けてゆくような気がした。
見上げる天井が、いきなり優しくなる。
ここにいると、世界がものすごく明るく、柔らかくなり、全身丸ごと包んでくれるように思われるのだ。
いいんですか本当にここで寝ていいんですか。
ラグジュアリー感に包まれながら、神様に問いかける。いいんですか。まじで?
至福。
この二文字がババーンと頭の中に浮かぶ。夜空に舞い上がり、ぱあっと鮮やかに花開く花火みたいに「至福」の二文字がきらきら輝く。
ここで寝たら、なんか、絶対、明日いいことありそう。
目を閉じたら、自分がとても祝福された人のように思われる。ふわっと受け止めてくれるベッド。手足をのびのびと伸ばし、どこも力みはない。
花びらや、白いキレイな羽根が天から降ってくるような感覚。
「ねー。やっぱりこれ、必要でしょー」
と、至福の天使が耳元で無邪気に囁く。
ベッドに埋もれながら、頬杖をついて。
わたしは答えられない。こんな素敵なものが、自分に必要だなんて、言い切って良いのかと思う。
「良いんだよ。幸せになっても」
天使は言う。
その言葉はふうっとベッドの中に吸い込まれ、至福の感触に変わる。
幸せになっても良い。自分が幸せであることを許そう?
そう、ベッドは囁いている。それはまるで子守歌のように心地が良くて、気が付いたら深く気持ちよく眠ってしまうのだ。
極上の、天使の眠り。
「まあ、無理せず頑張ってください。リハビリにもちゃんと来て」
その日、整形外科の先生と話をした。
腰の痛みの状態や、足のこわばり状況を見て、「もう復帰してもいい」と、先生は判断を下した。
仕事に戻っても良いよ、という言葉は、あまりにもあっけなかった。
あんなに「早く仕事に」と思い詰めていたのに、いざその時を迎えると「なんだー」と思えてしまう。
ありがとうございました、と、お礼を言って、病院を出た。
じょわじょわと融雪装置が水を吐き出しており、病院の駐車場はぬるく水浸しになっていた。
思ったより回復が早くて良かった、と、先生は言ってくれていた。自分でも、永久に痛みが続くのではなかろうかと絶望していたのに、どんどん良くなったので意外だった。
お薬と、注射と、リハビリと、休養のたまものだろう。
それにしても、あのベッド。あれは、休養を最高のものにしてくれたと思う。
もちろん、ぎっくり腰がシーリーのベッドで治ったとは思っていない。ベッドでぎっくりが治ったなど、わたしの周りでは聞いたことがないからだ。
しかし、休養期間をよりリラックスできるようにしてくれたのは、間違いがない。そして、自分自身の心の平安を取り戻す手助けもしてくれた。
天使のベッドよ!
(あれは、価値があるわー)
毎晩、あのベッドでなら、気持ちよく眠れる。朝の目覚めも良くなったみたい。
寝室にいる時間が尊くて、一瞬一瞬がかけがえなく思えてしまう。
(明日から仕事だ)
荒木さんはどんな顔しているだろう。
それを思うと、ちょっと気持ちがひるんだが、いや自分にはあのベッドがついているんだし、と思うことができた。
くたくたになるまで働いても、十分に癒されて、自分を大事にできる空間がある。そのことがどれほどパワーになるのか、改めて感じるのだった。
頑張りたいならば、良い環境で良質な休養を取る必要がある。シーリーのベッドには、それが十分、備わっていた。
「シーリーって、アメリカのブランドなのよ」
いよいよ明日から仕事復帰ということで、その晩、あさ姉ちゃんとわたしは簡単な回復祝いをした。
あさ姉ちゃんがワインとチーズを買ってきてくれたのだ。今回は、ベッドを買ってもらったり回復祝いしてもらったり、至れり尽くせりだったなあ、と思う。
ロゼワインで乾杯をし、チーズとナッツをつまみながら、夜のひとときを過ごす。
姉妹がそれぞれの寝室に引き上げる前の、共通の時間。
昔から、わたしはこの時間が好きだった。早くからわたしたち姉妹は、別々の部屋を与えられた。仲が良かったけれど、時々はどちらかの部屋で一緒に寝たりしたけれど、基本、自分の部屋で過ごした。勉強をしたり、好きな本を読んだり、インターネットをしたり。思えば、自分だけの時間を大事にして育ってきたように思う。
「へえ、アメリカのベッドなの。なんか分かるなあ」
わたしは言った。
アメリカと言えば、自由で、一人一人がしっかり自分を持っているイメージがある。そうか、みんなああいう至福のベッドのある寝室で時間を過ごし、力を蓄えるから、あんなに自分をしっかり持てるのかもしれない。
ふわっとして、それでいて全身をしっかり受け止めてくれる素晴らしい寝心地。
あんなベッドが部屋で待っていてくれるなら、どんなことも前向きの捉えられそうだ。
寝室で過ごす時間が、楽しみになる。寝室で、自分を取り戻す。そのための、極上のアイテム。
「アメリカって、日本と違って、寝室で過ごす時間がすごーく、多いらしいわよ」
あさ姉ちゃんは、お酒が回ってほんのり綺麗に染まっている。色白の肌に赤みがさして、なんだか色っぽかった。
「良いものを下さって、ありがとう」
「どういたしましてー」
改めてお礼を言うと、あさ姉ちゃんは大輪の花のように笑ったのだった。
外ではまた、しんしんと雪が降っている。
明日は雪かきをしてから出勤しなくてはならない。だから、今日は早めに休もう。あの、極上の、天使の住むベッドで。
おやすみを言い合ってから寝室に入った。やっぱり、シーリーのベッドのある風景は良い。癒しの空間だ。
そっとベッドに座ったら、至福の天使が「ようこそ」と囁いた。可愛い天使。
ふっと視線を感じて暗い部屋の隅を見ると、荒木さんの顔をした仕事の武人が、なんとも言えない顔をして立っていた。
荒木さん。今日も、お仕事大変だっただろう。
でも大丈夫。明日から、わたしも頑張るから。
「多分、あなたにもこの至福は必要」
と、武人に向かって言ったら、ものすごく狼狽えた顔をして、すーっと消えてしまった。あら、何か悪いことを言ってしまったかな。
ああ、でも。
「ねえ、天使」
わたしは、ベッドの天使に話しかける。天使はベッドに埋もれながら、ふっくらした顔でにこにこ笑っていた。
「いつか、荒木さんと仲良くなれることがあったら」
うんうん。天使は頷いた。大丈夫。きっと、その日は来るよ。十分に癒されて、幸せを享受したあなたになら、それが実現できる。
「荒木さんに、こんなベッドを勧めてみたいな」
そう言って目を閉じたら、天使がふふっと柔らかく笑った。