祝福のかたち 第2章: お迎えの儀式

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カヴァース小説部

【連載】祝福のかたち - 家族を見守る椅子、秋田木工 -

第2章: お迎えの儀式

 「わたしも、おじいちゃんとロッキングチェアで遊んだわー」

 

 例の揺り椅子について話してみたら、かおり姉がそう言った。

 ビールを飲みながら、ほんのり赤くなった顔で、遠くを見るような眼をしていた。

 「みのりとさおりも、あの椅子で遊んでもらっていたわ。わたしハッキリ記憶にあるもん」

 

 きいきい。

 おじいちゃんの膝に座り、二人一緒にロッキングチェアを揺らして遊んだ思い出。

 四人姉妹はいつも四人一緒に遊ぶ。だけど、たまにはおじいちゃんを自分だけが独占して、特別な時間も必要だった。わたしだけのおじいちゃんと、わたしだけの揺り椅子。このことは、だあれも知らない。わたしとおじいちゃんだけの秘密。

 

 「なぁによー」

 その話を聞いて、さおりがほっぺたを膨らました。さおりもやはり、おじいちゃんとロッキングチェアの思い出の所有者だった。

 「わたしだけ、おじいちゃんの特別って思わされてたってわけぇ。四人とも同じことしてたんじゃん。ぷんぷん」

 

 何言ってんのよ、と、みのりが呆れている。みのりもロッキングチェアでおじいちゃんと遊んだはずだ。みのりにも思いはあるだろうけれど、さおりのようにぎゃあぎゃあとは騒がない。

 「ロッキングチェア、縁側に出したのよ。もうあれ、わたしたち四人のものにしちゃっていいでしょ」

 わたしは言った。

 確かにあれはおじいちゃんのロッキングチェアだけど、小さい頃、わたしたちは我が物顔に占領したものだ。おじいちゃんが椅子から離れてしまったら、四人全員で乗って、凄い揺らし方をして、きゃあきゃあはしゃいでいた。

 その様を見て、おじいちゃんは「とられた」と笑っていたっけ。

 四人姉妹は顔を見合わせて、「そうだよね」とか「いいんじゃない」と、口々に言った。

 ちょうど、明日は休みの日だ。

 わたしたちは、おじいちゃんのロッキングチェアを綺麗に掃除することにした。

 綺麗になったロッキングチェアは、四人の姉妹共有の休憩所である。

 

 古いロッキングチェアが綺麗になる頃、両親が秋田から戻ってくる。存分に楽しみ、生まれてくる命をこれまで以上に愛おしく思いながら、帰ってくる。

 

 両親が注文してくるであろう、秋田木工のロッキングチェア。

 新品の美しいその品を、おじいちゃんの古いロッキングチェアと対のようにして向かい合わせて置き、そこで幼い弟を遊ばせよう。

 

 夢の国への「行き」は、こっち。「帰り」は、こっち。

 その想像は、思わず涙ぐんでしまうほど、優しくて切なくて、すごく良いアイデアのように思われたのだった。


 翌朝、わたしたち四人姉妹は、おじいちゃんの部屋とロッキングチェアの美化活動に精を出した。

 部屋のものは、大きなものはあまり触らなかったが、ペンとかちぎれかけた消しゴムなど、「赤ちゃんに触ってほしくないもの」は撤去された。

 四人とも、同じことを考えているのだ。

 すなわち、この、おじいちゃんの部屋は、これからは、生まれてくる小さな弟のための部屋になるということを。

 床から僅かに高いだけのマットレスのベッドは、弟の楽しいトランポリンになるだろう。

 文机は秘密基地になるかもしれない。気を付けていないと、引き出しにカマキリの卵なんか入れられてしまうかもしれない。

 障子はもう、諦めよう。穴だらけになるのは必須だ。それか、いっそのこと、障子戸を取り払うのはどうだろう。

 「ハイハイしはじめたら、そうしたほうがいいかもねー」

 と、かおり姉が考え深そうに言った。

 みのりとさおりは、一生懸命にロッキングチェアを磨いている。みのりが力を入れればみのりの方に、さおりが一生懸命になればさおりの方に、あっちこっちに揺り椅子は揺れた。ちょっと、揺らさないでよ。あんたこそ。口喧嘩しながらも、二人は作業をやめなかった。

 「思うんだけどさー」

 みのりとさおり。

 わたしとかおり姉。

 四人の若い女の子が、おじいちゃんの部屋を一心不乱にきれいにしている様について、わたしはこう言った。

 「おじいちゃんってさ、実はすんごい、スケコマシなんじゃない」

 

 モテる男って、こういうもんだ。

 女に、「俺はお前だけ」と思わせておいて、実は他の女にも平等に優しくしている。

 おじいちゃんは、まさしくそれだ。

 「故人に失礼なこと言うなー」

 と、かおり姉は言ったが、内心、同じことを思っているのはその表情でバレバレだった。

 「椅子の歴史は繰り返されるのねー」

 みのりとさおりが取り合うようにして掃除しているロッキングチェアを見ながら、わたしは言った。

 「この椅子と、新しい椅子。生まれてくる弟は、生まれながらにして、二つの椅子の主というわけだ」

 結構な身の上ではないか。

 きゃー。あはははは。

 元気な男の子が、二つのロッキングチェアをかわるがわる乗って、揺らす。

 こっちが、「行き」で、こっちが「帰り」。

 

 そんなことを想像しているうちに、すごく変なことを考えてしまった。


 おじいちゃんは、ロッキングチェアに乗って、夢の国に行っていた。

 今まで、戻りたくても帰りの便がなかっただけ。

 でも、今から新しいロッキングチェアーーすなわち、帰りの便だーーが、うちにやってくる。

 そうしたら、おじいちゃんはようやくまた、戻ってくることができるのではないか。


 「ゾンビになってそう」

 そんな妄想をとりとめもなく喋ってから、最後のシメのつもりで、わたしは言った。ところがかおり姉は全然笑っていなくて、すごく真剣な顔でわたしを見た。

 「亡くなった人は戻らないよー。帰ってくるなら、形を変えてくるんじゃないの」

 行きの便が古い椅子、帰りの便が新しい椅子ならば、行きの体は古く、帰りの体は新しいものであるはずだ。

 

 「赤ちゃんになって、帰ってくるんじゃないの。おじいちゃん」

 ぽろっと、かおり姉はそんなことを言った。

 やーだ、何言ってんの、と冗談にしながらも、わたしは、そういう考えってちょっといいかもな、と、思っていた。

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