自力本願の癒し 第2章: 厳しい現実により癒しは編み出され

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カヴァース小説部

第2章: 厳しい現実により癒しは編み出され

 「ラタンは、籐のことだよ」

 と、たくみお兄ちゃんは言う。

 仕事の修羅場が終わったとのことで、半月ぶりに家に帰ってきた。げっそり痩せた顔を見ると、フリーのライターがいかに大変か偲ばれた。

 お兄ちゃんには昔から何でも相談するわたしである。

 渡辺君が変な店を開いていて、そこで変な占いを受けて、その翌日、うちにすごく品質の良さそうな籐家具が届いてしまったことを、包み隠さず打ち明けた。

 最初、お兄ちゃんはふんふんと面白そうに聞いていたが、やがて真面目な顔になり、「ほーう」と言った。お兄ちゃんには、この奇妙奇天烈な出来事が読み解けたのかもしれない。

 ラタンは、籐。

 つまり、ラタン占いは、籐占いということ。

 籐家具を送ってきたということは、その占いは、客が必要としている家具を当てるものなのだろう。

 「まあつまり、ゆめにはハンギングチェアとホースロッキングが必要だったってことなんだろうな」

 お兄ちゃんは他人事のように言った。それからしばらくの沈黙の後、「ぶー」と、噴出した。笑いをこらえ切れなくなったらしい。わたしは憮然とする。

 「渡辺君かわりもんだよ。頭が良かったからいい大学にいったけど、在学中は中国やらインドやらネパールやら、アジアを色々と旅したんだって。卒論もアジアの文化についてだったんだって。そう言ってたわ」

 わたしは言った。

 お兄ちゃんはげらげら笑い転げながら「で、アジアを旅しているうちに、奇妙な占いを身に着けたのかよ」と言った。わたしは頷いた。渡辺君の語ったことをうのみにするならば、まさしくその通りだった。

 「インドネシアで、ラタンという素材のすばらしさを感じたんだとさ。自然界の力と人間の文化の融合を見て、すごく感激したって」

 うん、まあわかる。籐ってそういう素材だからなあ。お兄ちゃんはやっと笑いを止めて、頷いた。

 

 「まあでも、当たってるんじゃない。ゆめとホースロッキングは切っても切れない縁がある」

 おじいちゃんの肩身のホースロッキングのことを、わたしは思い出した。確かにあの馬は、わたしの中に刻み込まれている。とても大事なものだーーまあ、短大に行ったあたりから、どこかにしまいこまれて行方が分からなくなったのだけど。

 わたしは、未だにホースロッキングを探し求めていた。

 失ってしまったホースロッキングが、恋しいのだった。

 「ハンギングチェアはどう読み解くの」

 「そらおまえ、ゆらゆら揺れて癒されろ、ということだろう」

 なんだそれは。

 というか、この占いは一体、誰にとって得になるんだろう。

 一週間の期間が過ぎれば、「癒し堂わたなべ」から宅配サービスがやってきて、貸し出した籐家具を梱包して運んで行ってしまうそうな。

 あの店はそんなことで、採算が取れているんだろうか。

 「なあ、その籐家具、見ていいか」

 お兄ちゃんはそう言った。

 わたしはお兄ちゃんを自室に招き入れ、そこにある二つの「占い結果」を見せた。

 ホースロッキングは部屋の真ん中で「さあ、御乗り」とでも言いたげに佇んでいる。ハンギングチェアも「ここで休んでいきな」と囁いているかのようだ。

 「うおお、すげえ。この籐家具、カザマだわ」

 お兄ちゃんは籐家具を触りながら言った。

 

 「カザマって、あの、昔あったホースロッキングと同じメーカーの」

 「そうそう。懐かしいなー」

 ホースロッキングは子供用なので、今のわたしがまたがるわけにはいかなかった。

 ハンギングチェアの方は、届いてからもう何度も座っている。あまりにも居心地がよく、すうっと寝てしまったこともある。

 籐には、癒しがある。

 

 「癒されるよ、これ。わたし、今から路線変更して、こういう癒しの家具を作る人になろうかな」

 わたしは言った。

 お兄ちゃんはすっと真顔になり、少し強い口調で「ほらー、そういう考え方」と、言った。


 おまえ、籐家具職人の仕事がどんなもんか、ちっとも知らないだろう。

 籐は癒しを持つとは思う。居心地の良い世界を作り出してくれる優れた素材だ。

 だが、その素材を使って癒しの家具を作る職人は、1ミリのずれも許せない位の凄まじい仕事をしている。

 神経がぴいんと張り詰め、目は鋭く籐を見つめる。まるで、毎回、籐と勝負しているかのように。

 「特にこの、カザマの技術は凄い。歴史も古いが、職人の技術は他の追随を許さないくらいだ」

 籐家具は使っているうちにずれが生じる。

 カザマは、使用される籐家具の十年後、二十年後を想定しながら、精密に製品を作る。

 一部の狂いも許されない。

 

 「癒しどころか、超現実的な戦いの中で、籐家具は作られているってことだ」

 お兄ちゃんはそう言うと、わたしの反応を見た。

 わたしはぼうっとして、可愛いホースロッキングの横にしゃがみ、籐の手触りを楽しんでいた。

 頭の中では何故か、先日の合コンの「癒し系の女の子がいい」と言っていた男たちのことが思い出されて仕方がなかった。

 彼らの求める癒し系の女子が、実は陰で、どんなにきめこまやかに、自分を癒し系にする計算をしているのか、そのメイクや服選びはまさに戦いなのだ、なんて考えてしまった。

 「癒しと呼ばれているものの根底に流れる、ものすごく大変で厳しくて、すごい努力に気づいた」

 と、わたしは言った。

 「だからわたしも、安易に癒し系にはならないわよ」

 お兄ちゃんは面白そうに家具を見て、そっとハンギングチェアにお尻を乗せた。いいなこれ、俺も欲しい、と言ったので「借り物だよ」と言っておいた。

 ゆらゆらとお兄ちゃんは揺れ、何故か懐かしそうな顔をしていた。

 そうだ。昔、うちには籐家具がたくさんあった。おじいちゃんが籐家具を好んだから。

 ああ、あのホースロッキング、捨てるはずがないから、きっとうちのどこかにあるはずだ。どこにあるだろう。

 「職人は、緻密な作業をし、神経を削って癒しを生み出している。俺たちはその、作り出された極上の癒しを受け取っている」

 お兄ちゃんは、嬉しそうだった。よほど、ハンギングチェアが気に入ったらしかった。


 ハンギングチェアに揺られながら、ホースロッキングを眺める。

 

 厳しい現実の中で作られた籐家具が、どうしてこれほど癒されるのだろう。

 高い技術があるからと言えば、もちろんその通りだ。1ミリの狂いも許さないカザマの籐家具だから、これほど心地が良いのだ。

 

 癒し。

 わたしは目を閉じる。

 癒されたいし、人を癒したいと思う。

 そうすれば、わたしは人に必要とされるし、わたしも人を、歪んだ見方をせず、まっすぐに受け入れられるような気がする。

 「人とか、あるいは何か動物やものに癒しを求めるのは、他力本願だ。他力本願の癒しは一時のもので、自分が心を定め、覚悟を決めて挑む現実が生み出す癒しは、本物だ」

 ハンギングチェアに揺られている間、耳元で懐かしい声が聞こえた。

 おじいちゃんがいる。

 おじいちゃんが、出てきちゃったよ!

 「やだ、成仏して」

 わたしは言った。そうすると、「ホースロッキングとラウンドチェアをちゃんと探し出しておきなさい」と、いきなりおじいちゃんは怒って、それからぱたりと気配を消した。

 探せって?

 物置とか、押し入れとか。

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