自力本願の癒し 第3章: 夢は現実の中に

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カヴァース小説部

第3章: 夢は現実の中に

 一週間が経ってしまい、ラタン占いの結果たちはあっけなくお店に返っていってしまった。

 あの心地の良い家具たちが梱包され、手早くトラックに積み込まれていく様子を、何かとても寂しく、切ない思いで眺めてしまった。できれば「連れて行かないで」と叫びたい位だった。

 毎日が相変わらず続いているが、なんとなく気持ちが変わってきたように思う。

 あの、「かわらない日常」にうんざりしていた自分ではなくなりつつあった。

 あと、もう一押しだ。

 もう少しで、このトンネルから抜けられそうだった。

 

 仕事に疲れて凝った肩を揉んでいたら、斜め向かいから「ちょっとゆめちゃん、おばさんみたいだからやめて」と、苦情が入った。かおるは今や、近づきつつある結婚式のことで頭がいっぱいらしい。その割に合コンをしていたりするわけだ。本人によれば「現実逃避よー。癒しが欲しいじゃないのー」ということらしい。

 癒し、か。

 

 現実は、綺麗ごとじゃないんだよ。苦情が入ったので肩を揉むのはやめた。今わたしがしているのは、現場からきた仕事で、金型設計のCADの一部を直す作業である。

 「斎藤さんは、間違いなくちゃんと直してくれるから助かるよ」

 と、設計チームからお世辞を言われているので悪い気はしないが、実はこの作業、相当、神経が磨り減るのだ。

 だけどわたしは、事務の雑務の中では、この作業が一番好きかもしれない。

 ほんのわずかのミスも許されない緊張。そして、それをやり遂げた時の爽快。

 ああ。

 癒しとは、なにかをやり遂げた後の、爽快感の中にあるものなのかもしれない。

 今日中に、この作業は終わりそうだ。

 そうしたら、少し気が楽になるし、一度、渡辺君の店に寄ってみよう。

 (あの子たちにも会えるし)

 「あの子たち」。

 すなわち、あの、ラタン占いでうちに送られてきた籐家具たちだ。

 わたしはどうしようもなく、籐の椅子に座りたかった。


 

 「癒し堂わたなべ」は、やっぱりひっそりとしていた。

 商店街はいよいよ賑やかになる夕方の時間帯、このお店だけは、渋い佇まいを崩していない。時々「なんの店だろう」と言いたげに立ち止まる人がいるが、なかなかお店の中に入るには至らないようだ。

 「経営どうなのよ」

 その日、お店に遊びに行って、やっぱりひっそりとしていたので、わたしは言ってみた。

 渡辺君は目を見開いてわたしを見上げ、「忙しいよ。失礼な」と言った。本当に忙しいんだろうか。

 わたしの内心を見越したようで、渡辺君は「証拠を見せてやろう」と言い、立ち上がってどこかに行った。そしてまた戻ってくると、持ってきたノートパソコンを開いて見せた。

 それはホームページの画面で「癒し堂わたなべ」と、どかーんと、渋い題字が輝いていた。

 「多くのお客さんが、ここからメッセージを送ってくるんだよ。いまどきの仕事ってこんなもんだよ」

 と、渡辺君は胸を張った。そう言えば、「いまどき」という言葉を言い放たれたのは、これで二回目である。

 「あのさ、ラタン占いのことだけどさ」

 今日、渡辺君が出してくれたお茶は、花がさくようなものではなく、緑茶だった。温かいお茶は疲れた体にしみとおる。美味しかった。

 「あれ、なんなのよー」

 渡辺君は笑いながら、ああ、あの時斎藤さん酔ってたもんな、と言った。そして、「まさか本当にラタン占いを指定してくるとは思わなかった」と白状した。

 えーっと言うと、渡辺君はさっと真面目な顔になり「いやだけど、あの占いは本当だから。俺はインドネシアで師匠から」と言い出した。

 ラタン占い。

 渡辺君がお客さんを透視し、その人を最も導いてくれる籐家具を選ぶ、というものだ。

 「優れた職人による籐家具は、使う人になにかを教えてくれるんだよ」

 真面目な顔のまま、渡辺君は言った。

 「斎藤さんの場合は、ホースロッキングに乗ってゆらゆらしながらダルタニアンを気取っている姿と、ゆらゆらするハンギングチェアで鼻提灯出しながら寝ている姿が見えたんだよ」

 

 わたしは黙った。

 非常に、不名誉な姿を盗み見されたような気がしてならない。

 渡辺君はそれを透視したのだと言っているが、確かにわたしは、あの二つの家具がうちにきてから、何度もハンギングチェアでうたたねをしている。そして、大人になったおおきな体なのに、可愛いホースロッキングに無理やりお尻を乗せてーー馬がかわいそうすぎて体重は乗せなかったけれどーーハイヨーロシナンテ、と一人演技を楽しんだりしていた。

 

 「ぎゃー」

 思わずわたしは叫んだ。

 「見ないでよ」

 「うわー、本当にやってたんだ、そういうことを」

 渡辺君は言うと、げらげら笑いだした。

 「でも、本当に、優れた家具は人を導いてくれる。きっと、あの籐家具は君に何らかの導きをくれたと思うんだけど」

 渡辺君は言った。

 

 導きか。

 ホースロッキングを通して、おじいちゃんを思い出した。だから、おじいちゃんがあの世から出てきて耳元で囁いてくれたのかもしれない。

 ハンギングチェアの心地よさ、癒しは極上だった。その癒しはずるずると甘えさせるような癒しではなく、きっちりと現実で戦った結果生まれた癒しである。そういう癒しでくつろいだ後は、気持ちもきりっと引き締まり、また仕事に臨もうという思いも湧き上がる。

 「籐家具欲しい」

 わたしは言った。

 「あのホースロッキングとハンギングチェア、売って」

 「売り物じゃありません。あれは、うちの大事な店員です。自分のが欲しいなら、カザマに注文してくださーい」

 と、渡辺君は言い、それからにやっと悪戯っぽく笑って、こう言ったのだ。

 「斎藤さんには、ちゃんと待ってくれてる籐家具があるじゃない。それは、今はもうほとんど使われていないお兄ちゃんの部屋のすみっこにあるみたいだよ」

 えっ。

 わたしは目を見開いた。

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