自力本願の癒し 第1章: ラタン占い

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カヴァース小説部

第1章: ラタン占い

 仕事中にラインが来た。何か予感がして顔を上げると、斜め向かいに座る本田かおるが、ウインクしていた。

 かおるは同期だ。事務所の中で、わたしと同じような仕事をしている。わたしたちが入社した時、ちょうど事務所はお局級の方々が定年を迎え、退職されるところだった。

 「会社に新しい風を」

 という名目で若い女の子を二人雇ったのだが、本当は、安い初任給で「なんとでもなる仕事」を片付けてくれる人が欲しかったのだろう。

 (なんて、卑屈なことばっかり考えちゃうなー)

 

 同い年のくせに、かおるは世渡り上手だ。近々結婚することが決まっている。結婚しても仕事は続けるよ、と言っているが、なんだかわたしは、肩身が狭い思いだ。

 そのかおるが何をラインしてきたんだろう。机の下でスマホを開いてみると、「合コン行くよ」と、来ていた。

 合コンですか。今日ですか。

 ナチュラルメイクである。おまけに着てきた服も、大したことない。

 いや無理だよ、いいよ。首を横に降ったら、かおるはまたラインを送ってきた。

 「まーた、そんなこと。ちょっと冒険してみなよ。もしかしたら今日、運命に出会うかもしれないじゃん」

 運命。なにをそんな、おとぎ話みたいなことを。

 だけど、冒険という二文字を見て、心が揺れた。それにわたしは、この頃、まっすぐに家に帰りたい気分ではなかった。

 「わかった」

 と返事を返すと、かおるは大きなスタンプを送ってよこしたのである。


 そんなこんなで、町の商店街の居酒屋で合コンをした。

 結局わたしは、気分が乗らなくて一次が終了してすぐ、逃げてきてしまったのだが。

 町の夜は宵の口で、まだまだ盛り上がりたい人たちで商店街は溢れていた。その賑わいの中で、たいそう疲れた気分で、わたしは歩いていた。

 「癒し系の子が好みでぇ」

 「そう、癒し系だよな」

 「女の子はやっぱり癒し系」

 「服とか、ふわふわっとして優しい色の、癒し系着てるような子がいいな」

 合コンに集まった男どもは、口をそろえて癒し系を求めていた。

 なので、女の子たちはいきなり「やん、お酒こぼしちゃったー」など、ドジを演出する始末だった。一人冷静なわたしは、(それは癒し系ではなくただの駄目な人)と心の中で突っ込みつつ、隅っこでカルアミルクを舐めていた。

 「ごめん、今日は無理言って」

 よほどわたしがつまらなさそうに見えたのだろう、かおるが気にして耳打ちしてきた。

 いいよ、一次会もうすぐ終わるから、そーっと出て行って大丈夫だよ、と、かおるは言った。サンキュー、と礼を言いながらも、内心、もうじき結婚する身なのに、かおるは何をやってんだろう、と思った。

 どうにも、わたしはひねくれていた。

 こつこつと、楽し気な道を、落ち込んだ気分で歩く。

 もやもやとしている。こんな時、占いの店が開いていたらフラフラ入っちゃうなあ、と思った矢先、でえん、と、すごい迫力で「癒し堂わたなべ」の看板が目に飛び込んできた。

 うわあ、渡辺君の店だ、と思う。店は明かりがついていた。

 周囲の賑やかなお店と比べて、ものすごく渋い佇まいで、そこだけ静かだった。ああ、静かっていいなあ、と疲れていたわたしは思った。おまけに、看板の下にお品書きのようなものが提示されていて、そこに「占い」という文字が見えたのだった。

 渡辺君。

 あんた占い師になったんか。

 占いはしてもらいたい。自分の将来を見てもらいたい。

 だけど、占ってくれる人が元クラスメイトの渡辺君と言うのは、どうだろう。

 ちょっと迷っていたら、まるでそれを知っているかのように、すうっとお店の渋い引き戸が開いた。

 白い顔に黒ずくめの渡辺君が半分顔を出し、じいっとわたしを見つめて、にやっとした。

 ああ。こういうシーン、映画で見たことがある。確かホラー映画だったような。

 渡辺君は「おいでおいで」と、手を幽霊のように揺らした。

 わたしはフラフラと店の中に入ってしまった。魔が差したのだ。


 まあ茶でも、と、渡辺君が出してくれたのは、すごく変わった温かいお茶だった。お湯を入れると中で花が開く不思議なお茶だ。

 初めて見たよ、と言ったら、渡辺君は意外そうな顔をした。

 「なんだよー、いまどきの女子なら、工芸茶くらい知ってると思ったよ」

 と、彼は言った。それはつまり、わたしが「いまどき」ではないということらしい。まあ、いいけど。

 お茶は、すごく香りが良かった。

 しかし、この店は外見も渋いが、内装も落ち着いている。けれど、重々しくはない。

 ラウンドテーブル。

 すごく品が良くて、だけど、威圧的な感じがまったくない。

 座っている椅子も、同じ素材で作られているようだ。

 これは、籐だ。

 あちこち見回すと、店の中は籐のもので溢れていた。

 フロアの真ん中に、ラウンドテーブルが置かれている。ここは、お客さんの待合場所なのかもしれない。椅子が四つ置かれていて、くつろげる感じがした。

 奥の方にもラウンドテーブルがあり、そこには座るだけでリラックスできるようなラウンドチェアが向かい合わせで置かれていた。

 あと、店の中には衝立で仕切られた場所がありーーその衝立ももちろん籐でできたものだーーそこにはベッドが置かれている。ベッド意外にも、ゆらゆら楽しそうなハンギングチェアもあった。

 占いという二文字しか見ていなかったが、この店は占いだけするわけじゃないらしい。

 

 渡辺君は面白そうにわたしを眺め「昔から斎藤さんは、ものも言わずにじろじろと眺めまわす人だったよ」と言った。

 

 「これ、どんな店なの」

 わたしは聞いてみた。

 

 「レイキスクールと、タロットと、前世療法と、レイキヒーリングと、ラタン占いの店」

 ほかにも、いろいろありすぎて、一言では言えません。渡辺君は淡々と説明したーー全然、説明になってなかったけれど。

 店を見回してから、わたしは心を決めた。

 相手が渡辺君であろうとも、せっかくここに占い師がいるんだから、見てもらわない手はない。それに、同級生のよしみでサービスしてくれるかもしれないじゃないか。

 「占ってよ」

 と、わたしは言った。

 「占いでしたら、タロット占いと、ラタン占いがございまして」

 渡辺君は急に丁寧語になった。

 タロット占いと、ラタン占い。

 タロットは分かるが、ラタン占いって何だろう。

 「斎藤さんにお勧めは、どちらかというと、ラタン占いのほうかな」

 と、渡辺君は言った。それで、よく分からなかったが、そのラタン占いを試してみようかと思った。

 「はいまいど」

 と、渡辺君は言い、にこっと笑ったのだった。


 全く、わたしはどうかしている。

 合コンに行ってみたり、その足で渡辺君の店に突入してみたり。おまけに、得体のしれないラタン占いをしてもらった。

 (なにが占いなもんか)

 

 渡辺君は、わたしと向き合って座り、じっと目を閉じた。わたしの悩みと、将来を読み取っているのかもしれなかった。

 やがて渡辺君は目を開き、鋭い口調で「斎藤さんは、ハンギングチェアとホースロッキングですね」と言い放った。

 ハアー。

 目が点になった。

 なんだ、それは。わたしはその占い結果を、どう受け取ればいいのだろう。

 「まあ、後日、宅配便で送るから。一週間限定で貸し出しするから、使ってみて。そうしたら多分、今の自分の抱える悩みは癒されると思うよ」

 渡辺君はそう言うと、目を細くした。

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