光に沈む 第3章: 夕暮れの誓い

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カヴァース小説部

【連載】光に沈む - シーリーとの運命の出会い -

第3章: 夕暮れの誓い

 部屋の前に着くと、深呼吸をしてからノックをした。「どうぞ」というどこか、かしこまった声が聞こえる。

 重たいドアを開け部屋に入ると、そこにはシーリーのベッドに座った眞理子がいた。

「本当に来たんだ。急に連絡があったからどうしたのかと思った」

「いや、その……やっぱりどうしても伝えたくて」

 眞理子はじっと俺の顔を見つめる。

「やっぱり、かっこつけられないや。眞理子の能力が認められるのは本当に嬉しいし、応援したい。だけど、離れたくない……なにより、別れることになんてなったら、それが一番いやだ」

 俺も、眞理子の瞳をまっすぐに見て伝える。今、現在進行形で決心がついていくのがわかる。

「私、ニューヨークで頑張ってみたいの」

「うん。それでいいんだ」

「いつ日本に戻ってくるか、わからないよ?」

「それでいい。俺が待ちたいんだ」

 ゴクリ、と俺の喉が鳴る。眞理子の横に座り、俺は彼女の手を取った。

「結婚してほしい。愛してる」

 ゆっくりと、眞理子は俺の手を握り返す。瞳からは涙が溢れていた。そっと、その涙を指ですくうと、眞理子は小さな声で話し始める。

「私、考えていたの。仕事……夢に向かって真っすぐに走っていきたい。でも、稔がいる。私のわがままで稔を待たせていいのかどうか、答えが出なくて。色々考えていたら、旅行の時に泊まったベッドの感触が恋しくなった。ここで、もう一度考えてみようって思ってホテルに来たの」

 俺は眞理子の言葉を待つ。

「私もね、稔を愛してる。仕事や夢も追いかけたい。だけど、稔のことも諦めない。諦めたくない」

 眞理子が瞬きをすると、また一筋の涙が零れる。

「――これからも、よろしくお願いします。私と、結婚してください」

涙を流し、微笑む眞理子を見る、彼女への愛しさが募って、俺も泣きそうになってきた。思わず上を向く。

「うん。ありがと」

 眞理子はふふ、と声を出して笑う。

「でもさ、なんだか稔らしいよ。男ならさ、俺も仕事頑張ってニューヨークに行くぞ! くらい言ってもいいんじゃない?」

「――あ! そうか、その手もあったか!」

 そんな考えは全く浮かんでなかったのが我ながら恥ずかしい。

 ひとしきり笑ったあと、眞理子はそっと指を絡ませてきた。マニキュアはあの日と同じ、品のいいピンク色のものだった。

「昨日からここに泊まっているんだけどね、稔がこの前買ったベッドのことを思い出していたの。そういえば、シーツ買ってなかったなぁって」

 今日の秋成のことを思い出して、何もしていないのに少しだけ気まずい気持ちになる。

「実は今日ここに来る前に、シーツは買ったんだ。シーリーの……ココアってやつ」

「嘘!? それ、私がいいと思っていた色よ」

「眞理子ならどんな色を選ぶかなぁって考えたら、それになった」

「……ありがと」

「枕とか、ライトとか、サイドテーブルも買おうよ。一緒に選ぼう」

「……うん。ありがとう」

 眞理子は目を伏せる。部屋の大きな窓から見える街並みは、少しずつ夕暮れに近付いていた。

「あのベッドを買ってさ、良かったよ」

「どうしてそう思ったの?」

「寝心地も、見た目も最高のベッドなんだ。マットレスの中に入っているコイルだってすごくいいもので、寝込んでても体が痛くならなかったし」

「もしかして私のことで寝込んでた?」

「ちょっとだけな」

眞理子は「そう」と言うと、肩を寄せてきた。眞理子は続ける。

「私もここで考えていたの。あの時、稔が買ったベッドを思い出しながら。だから、今日の稔の言葉がすごく嬉しくって、かっこよかった」

 遠くで車のクラクションの音が聴こえる。夕陽のオレンジ色が濃くなり、白いシーツをあたたかい色へと染めていく。

「シーリーのベッドってさ、部屋にあるだけで全然違うんだよ。なんでもない寝室が、すごく上質な空間になった。でも、そこには眞理子もいてくれないとイヤだって思ったんだ」

「……私以外、誰もあのベッドに寝かせないでよね」

「当たり前だろ。あの場所は、俺達の至福の空間になるんだ。それは、ふたりじゃなきゃ作れない」

 夕闇は、色をさらに濃くしたようだ。

どちらからともなく顔を近づけると、ぎし、という音が部屋に響いた。

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