人生の祝福 序章: 絶体絶命のピンチ

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カヴァース小説部

序章: 絶体絶命のピンチ

 そこには、至福の天使が住んでいる。

 「ここでお休みよ。もう、意地張ってないでさ」

 天使は、ふくふくの頬っぺたを緩ませて、にこにこ笑顔で手招きする。

 

 部屋が、一流ホテルになったかのような。

 そのベッドは、そこにあるだけで、部屋を豊かに、幸せにした。


 (続けられないかもしれない)

 わたし、久住ゆうは絶体絶命のピンチに瀕している。

 真冬の空気は痛いほどで、それが余計に体にこたえた。

 労災の手続きは、予想していた以上に胸が痛むことだった。腰痛は職業病であり、自分だけじゃないという思いが罪悪感を生んだ。更に同時に発症した坐骨神経痛が拍車をかけ、「休む以外、どうしようもない」と、思うしかなった。

 

 介護現場は毎日が多忙だ。深刻な人員不足も手伝い、その日の夜勤者の手配に目くじらを立てなくてはならない始末。

 有休下さい、と言い出すのは物凄く辛くて、体が小さくなる思いだったーーまあ、縮まなかったけれど、このガタイの良さは。

 「いいよ、しっかり休んで。それから仕事してください」

 桂主任はそう言ってくれたが、ユニットの職員の中には、口にこそ出さないが、表情にありありと文句が現れる人もいる。

 それは決して心が狭いわけじゃなくて、本当に本当に、しんどい状況だからなのだ。わたしだけじゃない、みんなが大変なのだ。なのに、わたしは体を壊したという理由で休みを取る。

 (かえって、苦痛だぁ)

 介護士になって十年目。この道一筋と思ってきたが、こんな状態でこの先、大丈夫だろうか。

 腰痛は、これが初めてではない。じわじわと痛むこともあれば、「あっ、やっちゃった」と分かる瞬間もある。しかし、薬やコルセットで何とかしのいできた。それが、わたしにとっても、みんなにとっても当たり前だった。

 

 (けれど、これじゃあなあ)

 ぎっくり腰。これは酷い。注射をしてもらい、なんとか歩けるようになったものの、仕事は厳しかった。それじゃあフロアの見守りだけでも、と思ったら、利き足がいきなり、ぴいんと猛烈に硬直した。

 久住ゆう35歳。ぎっくり発症と同時に、坐骨神経痛持ちになった。オウマイガー!

 

 有休休暇初日。整形外科でリハビリを受け、しおしおと家に戻る。寒い空から、はらっと大きなひとかけらが落ちてきた。首筋に乗って飛び上がる。そして、腰もずきんと痛む。雪である。

 ふいに、あの、よく分からない仕事をしている姉からの言葉が蘇る。

 「頑張りすぎだから、休みなさいっていうコトだよ」

 ふんわり笑って、「癒されるお茶」とかいうフレーバーティーを淹れてくれた。

 そんなもんで現実が解決するかい、と思いつつ飲んだら思いのほか、美味しかったっけ。

 (ほんと、休みなさいっていうことなのかなぁ)

 次々に雪が落ちてくる冬の空を見上げた。

 寒さは、今の私の体には、本当にこたえる。今夜も湯たんぽが必要だ。

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