長くまっすぐな道 第1章: 本当に良いもの

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カヴァース小説部

第1章: 本当に良いもの

 籐はラタンとも言う。原産地は東南アジアだ。ヨーロッパにラタンの家具がたくさんあるのは、大昔、東南アジアの国々を植民地にしていた関係だろう。

 日本のラタンの歴史は古い。平安時代には既に使われていたというから、驚きだ。そして、天然素材が流行る現在も、ラタンは人気の素材である。

 (ほんと、昔っからあるんだなー)

 有休休暇期間の暇に任せて、調べ物をしてみた。

 おばあちゃんの定位置、今では花の居場所である籐の椅子。籐は果たして頑丈なのか、という疑問を解消したくて調べていたら、いつの間にか籐の歴史に詳しくなった。

 真昼の家は静かだ。お母さんは午前はパート、お父さんは会社だ。花も高校だし。

 うちの縁側は、晴れた日は冬でも温かい。調べ物をしたノートパソコンを片手に縁側に出たら、籐の椅子は静かにそこにいて、穏やかに微笑んでいるみたいだった。

 昔から、ある椅子。

 

 ふっと、そこにおばあちゃんの幻を見たような気がした。

 籐の椅子に腰かけ、ひと目ひと目を丁寧に編んでいる。

 「時間がかかっても面倒でも、本当に良いものは、残るんだよ」

 いつだったか、おばあちゃんはそう言った。本当に良いものは、選ばれる。人は、刹那的な便利さや都合で動く生き物だけど、「本当に良いもの」は事実であり真実だ。どうしても、それを選んでしまう。どうしても、それが必要になる。

 

 「おばあちゃん、花さ、どうしたら良いと思う」

 なんとなく、椅子に向かって呟いてしまった。

 もちろん、おばあちゃんが答えてくれるわけもない。けれどガラス戸越しに、小春日和の優しい温もりや、小鳥の声が飛び込んできた。

 ああ。

 未来は、明るいんだな。そう、思う。


 うちのことなど顧みないで、仕事ばっかりしているわたしだけど、花のことは気にかかっていた。

 ずっと一緒に育ってきた妹だ。県外の大学進学か、地元の専門学校かは、花にとってもわたしにとっても、結構大きな選択である。

 花がいなくなってしまうのは、やっぱり寂しい。専門学校なら、うちから通えて、たった2年で資格も取れて、速攻で就職できてしまう。だけど、本当にそれで良いの、という思いも強い。

 花は、福祉について強い思いを持っている。問題意識も強い。

 やっぱり、おばあちゃんの影響だろうと思う。大好きだったおばあちゃんが、どんどん弱くなっていって、介護が必要になってゆく。その過程を、わたしたちは見てきた。

 (花は本当に、おばあちゃんっ子だったもんなあ)

 やっぱり、大学に行くべきじゃないか。

 本気でその道を志すなら、そして、勉強が嫌じゃないのなら。

 まあ、それを決めるのは花なのだけど。

 一人で家にいても、暇なばかりだった。午前中から昼寝しようかと思ったけれど、返って眠れないものだ。

 

 それで、本屋に行ってみた。

 車で運転していても、町がクリスマス一色で盛り上がっているのが分かる。あちこちからクリスマスソングが流れているし、赤やら緑やらサンタが目についた。本屋も例外ではなく、クリスマス関係のグッズが賑やかに並んでいる。

 文庫を一冊買ってから、店内のカフェに寄った。注文のところで並んでいたら、「おおー奇遇」と声をかけられた。

 営業の瀬戸君だった。

 「やー、おつかれ」

 わたしは言った。決してずるをして休んでいるわけではないが、仕事をしている同僚にオフタイムを見られるのは気まずかった。

 けれど瀬戸君は屈託なさそうで、スーツに羽織った黒いダウンをわさわささせながら、「まあ、コーヒーでも」と誘ってきた。仕事中の一休みらしかった。

 「有休なんだろ。今回の仕事すさまじかったし、じっくり休めよー」

 テーブルについてから、堂々と瀬戸君は言った。ホットドッグとコーヒーのお盆がでえんと乗っている。早いお昼だなと思ったら「朝飯食ってなくて」と言われた。力が抜けた。

 「営業さんにはお世話になっておりまして」

 ぺこっと頭を下げた。編集がミスしたら、いつも瀬戸君が頭を下げに行ってくれる。気さくでいい奴だ。ちょっと、雑だけど。

 

 クリスマスソングを聞きながらコーヒーを飲んだ。

 

 「棚山主任、大変だろー」

 瀬戸君がざっくばらんに言った。

 「今日もあの人さ、印刷会社からあがってきたの見て、0.5ミリずれてるやら、文字の間が詰まっているやら、丁々発止だよ」

 

 え、棚山主任出社してるの、有休とってるかと思ったのに。

 そう言ったら、瀬戸君は肩を竦めた。

 「休んでくれるかと思ったけど、やっぱり出てきたよ。おかげで、そのまんま通そうと思ってたヤツが、またやり直しかかっちゃってさー」

 

 言っていることは凄く大変で辛そうだけど、瀬戸君は豪快に笑っている。それを見ると、ほっとするのだ。

 ここにも、棚山主任の職人気質を好いてくれている人がいる。

 「わたしも行かなくていいかしら」

 と、言ったら、「休めよな」と真顔で言われた。

 「放っておいたら、どんどん楽な方に流れていくことをさ、ぐっと食い止めて丁寧にしようとしてくれる。そういうのって、必要だと思う」

 本当に、良いものを作るならば。

 瀬戸君は漫才師みたいな顔と声で、そんなことを言った。そして、三口くらいでホットドックを食べてしまうと立ち上がった。

 「行くわ。ゆっくりしろよー」

 

 はい、お疲れ様です。

 思わず立ち上がってお辞儀した。

 瀬戸君は大きな肩を揺さぶって、気合を入れなおした様子で、仕事へと戻ってゆく。クリスマスソングに、背中を押されるみたいに。

 (放っておいたら、どんどん楽な方に流れていく)

 何故か、頭の中に、おばあちゃんの籐の椅子が浮かんだ。

 頑丈で精密なあの椅子は、どこで、どんな思いで作られたのだろう。壊れやすいはずの籐家具なのに、何十年も縁側で、家族を見守り続けている。

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