長くまっすぐな道 第2章: カザマ

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カヴァース小説部

第2章: カザマ

 家族そろって朝ご飯だなんて、滅多にない。

 ちょうど良いので、お父さんに椅子のことを聞いてみた。

 「あの椅子は、本当に昔からうちにある」

 ししゃもをご飯に乗せて食べながら、お父さんは言った。

 「俺が子供の時には既にあったから、一体どれくらいあるんだろうな、見当もつかん」

 花が顔を上げた。勉強疲れしているが、流石若い。目の下に隈はあるものの、肌はぴちぴちだ。

 「あれ、カザマってメーカーの椅子だって、おばあちゃんが言っていた」

 めちゃくちゃ古い会社で、創業が大正時代なんだってさ。そう、言ってたよ。

 

 「あんた達のひいばあちゃんも、あの椅子がお気に入りだったわぁ。あそこで虫眼鏡使いながら新聞読んでたもの。半日くらい」

 お母さんも言った。

 ひいばあちゃんのお気に入りで、お父さんの子供時代には既に家にあった。籐の椅子は、真田家の歴史に組み込まれているわけか。

 「それ本当なら、とんでもなく頑丈だよねー」

 わたしは言ってみた。家族は顔を見合わせた。

 「そう言えばそうねえ。籐ってすぐ壊れるもんなのにねえー」

 お母さんは言う。この間どこかで買った籐の小物入れが三日で壊れたことを根に持っているのだ。

 

 「あの椅子はとても良いものらしいぞ。きちんとしたところで作られたって聞いた」

 お父さんが立ち上がる。そろそろ時間なのだ。

 行ってらっしゃい。行ってらっしゃーい。

 わたしと花が言うと、お父さんは振り向いた。ずいぶん白髪が増えて、目の下が窪んできたように思う。時々、お父さんの老いが見えて、どきりとする。

 「花、お前の思うようにしろ。お父さんはまだまだ現役だから」

 と、お父さんは言った。不意打ちのような言葉だった。

 「そぉんな」

 ありがたい言葉すぎて、花は泣きそうになり味噌汁を啜ってごまかした。

 かっこつけるだけつけて、お父さんは行ってしまった。お母さんは片付けを始めながら、背中を向けててきぱきと言った。

 「ほんとそうよー。花が一人前になるまで何とでもするわよ。そのために、蝶も残業ばっかしてんだから」

 いや、わたしの残業は関係ない。突っ込みたかったが、ぐっとこらえた。多分、今は真田家の家族の歴史に残るくらい、良いシーンなのだから。

 「無理して専門学校行かなくても。いや、大学受験の勉強が無理ならそれはそれでやめてもいいけど」

 わたしは言った。

 

 花はうるうるとして、やっとのことで食べ終わった。そして、「ごちそうさま」と言うと、ばたばたと廊下を走っていった。

 多分、籐の椅子に座るんだろう。そして、おばあちゃんと相談するのだ。

 

 ねえおばあちゃん、みんな、こんなふうに言ってくれてるんだけど、どう思う?


 カザマの椅子か。

 家族の中でおばあちゃんと一番仲良しだった花だから、そんなことを知っていたのだろう。

 

 家の中がしいんとしてから、インターネットでカザマについて調べた。創業が大正10年。籐家具一筋。職人による手作業で作られる。その籐家具は、十年後、二十年後の状態も緻密に予想してデザインされる。

 (これなら、あの籐の椅子が長持ちしている理由も分かるなあ)

 籐について、一般的な印象はどんなものか考えてみる。

 まず、籐のものは手軽に入手できる気がする。ホームセンターや雑貨屋に行けば、さっと手に取って購入できる。

 籐が人気なのは、天然素材で環境に優しい感じがするからだろう。

 確かに籐は、とても良い素材だ。

 じっとりした季節には、水分を吸収してくれる。逆に乾燥してきたら、水分を放出して空気を潤してくれる。

 それは、籐が呼吸しているからだ。品物になっても、籐は生き物なのだ。

 だから、昔の人々は、籐でマクラを作ったり、敷物を作ったりして生活に役立ててきたのだろう。籐という素材を使えば快適であることが、かなり早い段階で認められたのだ。

 

 その良い素材で、強くて長持ちする品を作るには、良い手法、良い手段を使わなくてはならない。

 せっかくの良い素材でも、手法や手段に問題があれば、もろくて壊れやすい品物ができてしまう。

 ノートパソコンを持って、とんとんと一階に降りた。

 今日は雨降りで、家の中は寒かった。もう十二月も半ばに差し掛かるし、この雨もみぞれっぽい。近いうちに本格的に雪が降るのではないだろうか。

 

 そっと縁側を覗いた。どんよりした天気だけど、日中はそれなりに明るい。

 おばあちゃんの籐の椅子は、どっしりとそこにいる。籐だから軽いけれど、やっぱり「どっしり」と見える。

 (頼りがいを感じてしまうなあ)

 花が、この椅子に座って考え事をする気持ちが分かるような気がした。

 

 ぺたぺた板張りを歩いて籐の椅子に近づいて、パソコンを持っていないほうの手で、そっと触れてみた。

 おばあちゃんが座っていた椅子は、すんなりと肌に馴染んだ。触っていると、温もりを感じる。生きているんだな、と、思う。

 「座るよー」

 と、言ってから、どさっと座った。寒い日なのに、椅子が温もりを集めてくれている気がした。

 まあ、多分、ここが一番光が当たるからかもしれないけれど。

 すごく良い椅子だ。花ばかり座って、わたしは滅多に座ることがないので気が付かなかったけれど、本当に座り心地が良かった。

 玉座、という言葉が思い浮かぶ。そうだ、これは玉座なのだ。真田家の女に受け継がれてきた玉座。ひいばあちゃんからばあちゃんへ。どういうわけか、お母さんを飛ばして花が受け継いだ。

 ああそうか。

 (県外の大学じゃなく、専門学校に行けば、この椅子は、ずーっと花のものだなー)

 もしかしたら花は、この椅子と別れがたいのかもしれない。

 そんなことをとりとめもなく考えているうちに、ノートパソコンを床に置きっぱなしにして、うたたねをしてしまった。

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