バレエと秋田木工のチェア 第1章: 友との食卓

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カヴァース小説部

第1章: 友との食卓

秋田木工のダイニングチェアに腰かけながら、お腹を空かせたエレナが頬杖をついて夕飯が出揃うのを待つ。

「お腹が空いて死んじゃいそう~、どうしよう、このままだと私、白鳥の湖みたいに可哀想な運命を辿るかも~」

「そんなこと言ってる余裕があるんだったらこれ運んで、ほら、エレナの大好きな豚汁できたわよ」

「わあっ、待ってましたー、雪絵大好きー」

豚汁というワードを聞いて椅子から飛びあがったエレナは、雪絵がよそったお椀を手に持ち、ご機嫌な顔でテーブルへと運ぶ。豚汁にカツレツ、サラダという健康的な食事を並べると、二人のバレリーナは両手を合わせ、行儀よく、いただきますと声に出した。エレナは日本の味噌でといた汁が好きで、とりわけ沢山の具材と共に豚肉を煮込んだ豚汁が大好きだった。

「あー、雪絵の作る豚汁は本当に最高、こんなに美味しいものを食べて育ってきたなんて本当に羨ましいわ」

「そう?でもボルシチもピロシキも美味しいじゃない」

「それはそれ、これはこれよ、この味噌の味が身体中の細胞と腸内環境に染みわたるのよ」

「エレナはいちいち大袈裟ね、うふふ」

親元を離れ十五歳でロシアに留学した雪絵。故郷の秋田を離れて寂しかった雪絵は、最初の頃はよくホームシックになり、祖母や母に電話をかけていた。毎日の厳しいレッスンと、慣れない異国での生活。孤独と疲労で精神が追い詰められていく日々。そんななかで声を掛けてくれたのが、同じバレエ学校の同級生エレナだった。エレナは幼い頃に日本で暮らしていた経験もあったので、雪絵とはすぐに仲良くなった。それ以来、雪絵とエレナはいつも一緒で、バレエ学校を卒業した後も、同じバレエ団に入団し、良き友人、良きライバルとして、日々研鑽を積んでいた。

「それにしても残念ね、そろそろ雪絵も白鳥の湖を踊れると思っていたのに、まさか今期の演目がコッペリアになるなんてね」

豚汁を啜りながらエレナがつぶやく。

「まあたしかに意外でびっくりはしたけど、別に残念っていう程じゃないんじゃない?」

雪絵はカツレツを齧りながら言葉を返す。

「だって雪絵は白鳥の湖が踊りたくてロシアに来たんでしょ?それなのに四年前に群舞の白鳥を踊っただけで、まだ主役もソリストも出来ていないんだから、残念なんじゃないの?」

群舞とはいわばその他大勢の端役であり、ソリストはソロパートを与えられた準主役のような役だ。雪絵は昔から白鳥の湖に憧れてバレエをしていたが、プロのバレリーナになってから念願の大役を演じるには至っていない。

「それはまあそうだけど、でもコッペリアも楽しくてすごく好きな演目だし、白鳥の湖だけがバレエってわけじゃないから、全然残念なんかじゃないわよ」

その言葉に偽りはなく、雪絵はバレエを心から楽しんでいた。

「雪絵は本当にバレエが好きなのね、なんだか私、雪絵と話してると、ときどき自分がとっても小さな人間なんだなって思うわ」

豚汁を食べ終えると、お椀をテーブルに置き、エレナはしみじみとテーブルの木目を見つめた。何年も大事に使い込まれたダイニングテーブル。その木目をじっと見ていると、所々に細かな傷があることに気付かされる。長い年月を経た、生活の営みを感じさせる年季だ。

「この椅子とテーブル、本当に素敵よね、日本から送ってもらったのよね?」

お腹が満たされてきたエレナは、椅子とテーブルを摩りながら雪絵に尋ねる。

「うん、そうよ、これは私が生まれる前から、おじいちゃんとおばあちゃんが使っていたダイニングセットなの」

「おじいちゃんとおばあちゃんが?」

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