バレエと秋田木工のチェア 第2章: 家具との思い出

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カヴァース小説部

第2章: 家具との思い出

「そう、二人はとっても仲が良くって、うちの実家は秋田の田舎だから、三世代みんなで一つの大きな家に住んでいたんだけど、朝食だけはおじいちゃんとおばあちゃんの二人きりで食べるのが習慣になっていて、この椅子とテーブルで毎朝二人で食事をしてたの」

おもむろに雪絵もテーブルの表面を摩ると、祖父母が仲良く朝食をとっていた光景を思い出す。

「へー、おじいちゃんとおばあちゃん、仲良かったのね」

「そう、でも私は、おじいちゃんおばあちゃんが大好きだから、二人が朝ご飯食べているところによく遊びにいって、私も朝食にまぜてもらったりしてたの。おじいちゃんの膝の上に乗ったりして味噌汁のんだりしてたわ」

「あら、二人の蜜月を邪魔するなんて、無粋なお孫さんだったのね」

「うん、まあね」

「うん、でもおじいちゃんが六年前に亡くなってしまって、おばあちゃんは二人で朝食をとることが出来なくなっちゃたの」

「あら、おばあちゃん可哀想、、」

「それで私がここで一人暮らしをするってなった時に、おばあちゃんがこの椅子とテーブルを譲ってくれたの」

雪絵は祖母の顔を思い浮かべながら、手の平をテーブルの上に置いた。幼い頃を振り返ると、この椅子とテーブルで祖父母と一緒に朝ごはんを食べたり、本を読んでもらったり、宿題を見てもらったりしたことを思い出す。

「雪絵にとって大事な家具なんだね」

幸せそうに過去を振り返る雪絵を見て、エレナも温かく優しい気持ちになれた。

「そうね、遠く秋田を離れても家族を感じられるから、私はここで頑張れているのかも」

「雪絵?」

異国で暮らす寂しさが、不意に雪絵の表情を包む。それは一瞬の憂いだが、思春期から一人ロシアで暮らす、雪絵の心の影が垣間見えた瞬間だった。

「そんなことよりエレナ、来週はコッペリアの公演も最終日を迎えるんだから、この前みたいに振り付け間違えたりしたらダメだよ」

「もう雪絵ったら真面目なんだから~、夕食の時くらいお説教しないでよ~」

「そうはいかないわよ、最後までちゃんと気を抜かないで踊りきるわよ」

「はいはい、分かってるわよ、それより豚汁っておかわりある?」

お椀を持ってエレナが立ち上がる。

「もうエレナったら、バレエのことより豚汁のことしか考えてないじゃない」

二人のバレリーナは食卓を囲みながら、笑いの絶えない仲睦まじい時間を過ごした。

リハーサル室で神経を集中させながら、深く長い息を吐く。床にお尻を付きながら百八十度の開脚をし、上体を床につけるように倒していく。骨盤と脚の関節をほぐし、可動域を広げ、踊りに向けて意識を高めていく。全身の筋肉を弛緩させながら、肉体すべてが鋭敏な感覚になるよう研ぎ澄ます。コッペリアの最終公演。本番の直前まで雪絵はウォーミングアップに余念がなく、真剣にバレエと己の肉体に向かい合う。

「みんな、今日も一日よろしくね」

雪絵はいつものように自分の肉体に声を掛ける。筋肉や骨、腱のひとつひとつの名を呼び、肉体の細部に至る隅々まで神経を行き渡らせる。

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