バレエと秋田木工のチェア 第3章: 原点へ帰ろう

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カヴァース小説部

第3章: 原点へ帰ろう

「雪絵、まだこんな所にいたの?もうみんな楽屋でメイク始めてるわよ」

いつまでたっても楽屋に来ない雪絵を、心配してエレナが迎えに来た。

「ああ、ごめんね、いま行くわ」

ウォーミングアップを終えた雪絵が顔を上げる。その顔には緊張と緩和が必要な量だけ宿っており、均整の取れたメンタルが仕上がっていた。澄んだ瞳と静かな呼吸、それでいてからだ全体からは、地熱が沸くようなじんわりとした熱量が漂う。雪絵は今回の演目ではソリストであり、主役を演じるわけではない。それでも本番前の雪絵の佇まいは、主役を演じる凄みを感じさせた。

「雪絵、、」

エレナが思わず感嘆の声を漏らす。

「どうしたのエレナ?」

「ううん、何でもない、早く楽屋に行こう」

「うん」

二人はそう言ってがらんとしたリハーサル室を後にした。誰もいなくなったリハーサル室は、本番を控えたバレリーナ達に沈黙のエールを送るように、しんと静まり返り暗闇にかえっていった。

楽屋へと向かう途中、硬質なリノリウムの廊下を歩いていると、雪絵は何かを思い出したようにエレナに声を掛けた。

「そういえば私、来月になったら久しぶりに秋田に帰省しようと思ってるの」

「え?日本に帰るの?」

「まあ一週間か十日かそれくらいだけど、ゆっくり帰省したことって今まで殆どなかったから、今日でこの公演も終わるし、秋田に帰って少しゆっくりしようと思って」

「そうなんだ、それはいいわね、大好きなおばあちゃんにも会えるわね」

「うん、それで提案なんだけど、よかったらエレナも一緒に来ない?秋田に」

「え!?わ、私も!?」

驚いてエレナが大きな声をあげる。狭い廊下にその声は響き渡り、反響した音が耳に跳ね返る。

「うん、エレナも日本が好きだし、私の家族やおばあちゃんにもエレナのこと話したら、すごく会いたがってたし、だから、思い切って一緒に帰るのはどうかなって思ったんだけど、、どうかな?」

大胆な提案だけに、言い出した雪絵もやや腰がひける。しかし、そんな一抹の不安を振り払うように、エレナは予想以上の笑顔を見せた。

「行きたい!行きたい、行きたいよ雪絵!秋田に行きたいし、雪絵の家族にも会いたいし、おばあちゃんにも会いたい!それに何より、、、」

「何より、、、?」

「雪絵の実家で豚汁食べたい!あとは秋田だから、きりたんぽとか、地鶏のお肉とか、いっぱい美味しいの食べたい!」

思いのほか食い気が勝っていてびっくりしたが、それもエレナらしいと思うと雪絵は笑いが止まらなかった。

「ちょっとエレナ、これから本番始まるっていうのに笑わせないでよ、もう。私の家族に会うことより、食べ物のことばっかり考えてるじゃない」

「しょうがないじゃない、前に雪絵にご馳走してもらった秋田のお鍋、とっても美味しかったんだもん、それが本場で味わえると思ったら、もう絶対行くでしょ!」

「もうエレナったら食べ物のことばっかりなんだから。バレリーナが太ったら、白鳥の湖が鵞鳥の湖になっちゃうわよ」

「私はいくら食べても太らない体質だから大丈夫なの。それはともかく、私も一緒に秋田に行くわ。むこうの家族にもそう伝えておいて」

エレナは真剣な眼差しで雪絵の目を見据える。冗談ではなく本気で行きたいという熱意のこもった視線。雪絵はその気持ちを受け取り、笑顔で首を縦に振る。

「うん、分かった、伝えておく。きっとみんな喜んでくれるよ、エレナ」

自然と笑顔で肩を抱き合う二人。本番前の緊張は少しのあいだ横に置き、二人は仲良く楽屋へ向かう廊下を歩いていった。

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