芯を通す 序章: 優しすぎる兄

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カヴァース小説部

【連載】芯を通す - カヴァースの家具がもたらす整い

序章: 優しすぎる兄

 人生に芯を通したいのなら、環境から整えるのが良い。

 これは、うちがお世話になっているお寺さんの言葉だ。

 環境を整える。住んでいる場所をきちんとする。正す。

 そのためには、「きちんとしたもの」で自分の生活を囲まなくてはならないだろう。衣服とか、食べ物とか。それから、そう。

 家具とか。

 質の良い家具で住環境を整えると、自然、しゃきんと背筋が伸びる。

 その家具が価値あるものならば、自分自身に価値が上乗せされたように思えてくるーーというか、もともと君は価値ある人間なんだよ、こんな素敵な家具が相応しいくらいに。

 そう、お寺さんは言った。

 そして、その通りのことが、わたしの目の前で起きたのだった。


 けい兄ちゃんは、昔から優しすぎた。

 男の子は優しいのが良いと言う人はいるけれど、それにしてもけい兄ちゃんは優しすぎて、むしろ頼りなかった。というより、あれを「優しい」と形容するべきか怪しいと、わたしは思う。

 (いいかげんと、優しいは紙一重・・・・・・)

 けい兄ちゃんときたら、ちょっと、度が過ぎている。

 子供の時だった。友達が宿題のプリントをなくしたといって泣いているのを見て心を痛め、じゃあ僕のプリントをあげるよ、と言って自分が配布された分をあげてしまい、結果、自分が宿題を持参できなくて先生から滅茶苦茶に怒られたことがある。まあ、そんな感じのことは山ほどあった。

 悪い人では絶対にない。

 ものすごい善人だと思う。

 たいてい、上にお兄ちゃんがいる女の子は、何回かくらいは「お菓子をとられた」「叩かれた」くらいの意地悪を受けたことがあるものだけど、わたしに関しては全くなかった。

 年がすごく離れているせいもあるのかもしれないがーー今、けい兄ちゃんは24歳で、わたしは高校一年生だーー昔から、けい兄ちゃんから可愛がられた記憶しかない。ショートケーキが二つあれば、けい兄ちゃんは自分の分のイチゴをわたしのケーキの上にのせてくれるような人だ。他所から自分だけお菓子をもらっても、必ず半分こ、もしくは丸ごと全部わたしにくれた。時には、それがバレンタインの本命チョコだったこともある。

 (あれはいけなかったよな・・・・・・)

 「けい兄ちゃん、これ、前から好きでしたってカードがついてたんだけど」

 可愛いリボン付きのパッケージを「ほら、もらったから食べていいよ」と、わたしにポイと寄越してくれたのは良いが、中から告白のお手紙が出てきた時は、流石に引いた。

 これは妹に食べさせて良い物ではないんじゃないかと、当時まだ小学生だったわたしでも思った。

 「あー」

 流石にその時はけい兄ちゃんも焦ったみたいだ。それでも、中身の手作りチョコ(ラブ、の文字入りだった)はわたしにくれた。そして、メッセージカードだけは自分がもっていって、後でこそこそ電話していた。その後、相手の女の子とはどうなったやら分からない。

 そう。けい兄ちゃんは優しい男子だから、それなりにもてる。

 わたしの知っている限り、今まで五人くらい付き合っている。けれど、どの人も続いたためしがない。どうしてか、女の子のほうから去って行ってしまう。別に気まずいわけでもなさそうで、たまに道ですれ違う時などは、にこにこ笑顔で「どう元気ぃ」とか挨拶しているので、けんか別れとかではなさそうだけど。

 けい兄ちゃんは今、ニートをしている。

 大学までいったけれど、バイト先の人からスカウトされて引き抜かれ、中退した。けれど、勤めた会社が倒産するかブラックだったかで、けい兄ちゃんはハローワーク通いの人になった。その後、つなぎのようにバイトをしたり、派遣の短期の仕事をしたりして、ほそぼそと暮らしていた。今はちょうど派遣やバイトの切れ目で、つなぎとして在宅でパソコンを使った仕事をしているらしい。そんなので一体どれくらいの稼ぎになるのかと思うけれど、「けっこう良いよ。俺、合ってるかも」などと、当の本人は暢気に構えている。

 うちから自転車で十分くらいの距離にあるアパートを借りて暮らしているのだけど、救いなのはけい兄ちゃんが気楽な人で、暢気に生きていることだ。

 まあ何とかなるさ、とでも言いたいような空気がいつもけい兄ちゃんの背中から溢れている。

 アパートの間取りも余裕があり、所帯を持っても十分に暮らしていけるだけの広さがある。実家から近いところに良い物件があって良かったとは思うけれど、物件が良すぎるせいで、お母さんは「お嫁さんになってくれる人が来てくれたら」など、過度に期待してしまうのだった。

 (もう、けい兄ちゃんにこれ以上のことを期待してどうするのよ)

 わたしは、今までのパターンを見てきたせいで、けい兄ちゃんについてはかなり冷めた目で見てしまう。あんなに可愛がってもらったのに、薄情な妹だとは、我ながら思うけれど。

 「ほんとに。いい子なんだけど。優しすぎるせいで、クラゲみたいになっちゃって、ふにゃふにゃなのよ。どうしたら芯が通るかしら」

 お母さんはいつも、けい兄ちゃんのことを、クラゲと形容する。

 芯がない。骨がない。ふにゃふにゃで、世の中のいいなりにどこへでも漂っていってしまうから。

 「芯のある人間にするためにはどうすれば良いのかって、善福寺の住職さんに聞いてみたんだけどさ。まず、身の回りからきちんとしなさいって言われたよ」

 いつでも頭の中は、けい兄ちゃんのことでいっぱいのお母さん。

 こないだお寺さんが仏壇にお経をあげにきてくれた時、さんざん相談したらしい。お寺さんはけい兄ちゃんのことをよく知っているので、話しやすかったのだろう。

 「変なスエットばかり着ないで、襟のついたものを着るとか。三食きちんとしたものを食べるとか。掃除するとか。あとは、そう」

 お母さんはいきなりパソコンを開いて熱心になにか検索を始めたのだった。

 「良い家具を揃えなさいって言われたわよ。ちょっと値が張るくらいのもので身の回りを固めたら、自然、しゃっきりするんじゃないかって」

 どうやら、人伝に良い家具を扱うサイトを聞いたらしい。お母さんは「カヴァース」と何度か間違いながら打ち込み、三分位かけてネットで検索をかけた。

 すぐにホームページがヒットして、素敵な家具の写真がずらっと画面に並んだ。

 あまりにも素敵だったので「まさか本気ではあるまい」と思ったのだけど、それから一週間後、けい兄ちゃんのアパートに、素晴らしい家具が届いたのだった。

 「ちょっと、お母さんだろこれ、どうするの。俺、これ、どうするのー」

 電話がかかってきた時、けい兄ちゃんはこれまでにないくらい、焦っていたと思う。

 あの焦り方は、バレンタインチョコが本命だったことを知った瞬間より、酷かったような気がする。

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