芯を通す 終章: 整う

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カヴァース小説部

【連載】芯を通す - カヴァースの家具がもたらす整い

終章: 整う

 コンビニスイーツの割引クーポンがあったので、けい兄ちゃんに買っていった。

 学校の帰りに寄ったら、珍しく留守だったのでアレと思った。なによ、せっかく来たのに。

 鍵がかかった扉の向こうはしいんとしている。あの素敵なダイニングセットが、今日もきれいに拭き清められ、どっしりと部屋を見守っているのだろう。このところ、あの極上の座り心地がくせになり、二日に一度はけい兄ちゃんの部屋に寄っている。今日は留守だから、あの椅子に座ることができないのかと思ったら、がっかりした。

 しかし、うちに帰ってみたら、けい兄ちゃんがいたので驚いた。

 けい兄ちゃんはいつものぽややんとした顔で台所でお茶を飲んでいた。こんな時間に珍しくお父さんとお母さんが揃っている。三人して、煎餅をかじりながらお茶を飲んでいたらしい。

 「なにしてんのー」

 わたしが言うと、けい兄ちゃんがけろりと「お、スイーツじゃん」と手を伸ばしてコンビニの袋を受け取った。ごそごそ中を漁るお兄ちゃんを眺めながら、お母さんがわたしのためにお茶を淹れてくれた。久々に家族四人揃ってうちのテーブルを囲んだ。

 「あんた、でも、そんなのきちんとできるの」

 わたしにマグカップを渡しながら、お母さんがいきなり言った。けい兄ちゃんに言ったらしい。

 「大丈夫だろう。やってみればいい」

 お父さんがのんびりと言った。またあなたはそんな無責任な、と、お母さんは愚痴っぽく言い、ハアと息をついた。なに、なんなのと聞いてみたら、「お兄ちゃんが起業するって言いだしたのよ。在宅でパソコンの仕事する会社立ち上げるんだってさ」と、お母さんは言った。

 「へー」

 お茶を飲んだ。熱かったので、すぐ口を離して、ふうふう吹いた。起業。会社を立ち上げる。社長さんになるってことか。

 「そんなに儲かるの、在宅ワーク」

 「まあ、やってけそうかなってくらいの稼ぎにはなっているから」

 けい兄ちゃんはあっさり言った。そして、コンビニスイーツのタルトを袋から出すと、ばくりとかみついた。

 「ブラック企業だったり、就職してもすぐ潰れたりとかさ。今時、勤めても将来が約束されてるわけじゃないと思うから。それくらいなら、起業しようかと」

 短絡的すぎる、と、お母さんは呟いた。

 だけど、心の底から反対している様子ではない。お父さんにいたっては「やってみろやってみろ」と言っている。

 普通、親って子供がきちんとした職に就くことを望むんじゃないのかと思ったけれど、けい兄ちゃんの様子を見ていたら、何となく納得した。

 けい兄ちゃんは、この短期間の間に、どこか変わった。

 のほほんとした表情とか仕草は変わらないがーー人の性格なんか、簡単に直せないものだーー変な古着とかじゃなくて、きちんと襟のついたものを着ているし、椅子に腰かける姿勢もぴしっとしている。喋っていることにもよどみがないし、きっと、きちんと考えたんだろうと思われた。

 「まあ、何をしても大丈夫だと思うよ、今のけいなら」

 お父さんがお茶を飲みながら言った。

 何をしても大丈夫。

 既視感のある言葉だな、と思ってお茶を飲んでいたら、けい兄ちゃんが「ほれ、おまえも」と、スイーツをくれた。受け取った時、あっ、そういうことか、と思い出したのだった。

 自分さえきちんとしていれば、大丈夫。

 芯が通ってさえいれば、ちゃんとやれる。

 山戸君の、すっと伸ばした背筋。

 

 (ああ、そうか。そうなんだよな)

 芯が通った人は、傍から見て分かるものらしい。今のけい兄ちゃんは、確かに芯が通っているように見える。

 お母さんも多分、言葉では反対しているけれども、けい兄ちゃんなら大丈夫だと思っているのかもしれないな。

 ちらっとお母さんを見たら、スイーツを食べ終わって、今度は煎餅をぼりぼり食べているけい兄ちゃんを、苦笑いのような、愛おしいような顔で眺めていた。

 流しの前のすりガラスから、夕暮れの光が入っている。柔らかなオレンジ色の輝きが、わたしたち家族を包んでいた。

 きっと、幸先は良い。

 

 (わたしも、見つけよう)

 熱いお茶を飲みながら思う。

 自分の道を見つけよう。そして、芯を持って生きていきたい。


 けい兄ちゃんに芯を通してくれた、あの家具。

 カヴァースのサイトを改めて見てみると、そこで扱っている家具は、どれも「きちんと」したものだ。

 伝統を受け継ぎ、研ぎ澄ましてさらに良いものに向上させてきた、職人の技術。

 細かいところまで丁寧に、拘りを持って仕上げた極上の家具。

 けい兄ちゃんのダイニングセットには、「想い」が込められている。

 このダイニングセットを使う人に、豊かな生活を送ってもらえるように。

 この椅子に座る人が、ゆったりくつろげる時間を過ごすことができるように。

 

 自分の力で明日を切り開く決意をしたけい兄ちゃんは、これから毎日、あのダイニングセットで「きちんと」した食事をし、十分にくつろいで、生活を紡いでゆく。

 あのダイニングセットはお日様のように、けい兄ちゃんの人生を見守り続けてくれるのだろう。

 

 その晩、久し振りに家族四人で夕食を摂った。

 ほかほかのご飯、熱いお味噌汁、焼いたお魚。いただきますで始まり、ごちそうさまで終わる食卓。

 きちんとした時間には幸せが詰まっている。

 ごはんを食べながら、けい兄ちゃんが、いずれ遠くない未来、素敵なお嫁さんや可愛い子供と一緒に、あのダイニングセットを囲む様子を想像した。

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