ピクチャー 序章: インテリア

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カヴァース小説部

【連載】ピクチャー - カザマとの思い出

序章: インテリア

閑静な住宅街を抜けた先にある小高い丘に、瀟洒な洋館が建っていた。洋館は木造で、白い漆喰の壁が木の柱の存在感を鮮やかに浮かび上がらせている。建物の周囲は、手入れの行き届いたイングリッシュガーデンが広がり、クリスマスローズやビオラが美しく咲き誇っていた。建物に繋がる短いアプローチは、木の板を埋め込んだステップになっており、小気味よくそこを登っていくと、まるで自分が野兎にでもなったような高揚感が味わえる。建物の入り口には店名が書かれた小さな看板が掛けられていた。洋館は何十年も前から続く、老舗の紅茶サロンだった。

「おばあちゃん、いつもこんな素敵なところでお茶してるの?」

サロンを初めて訪れた孫娘の希美が、大きな瞳をキラキラさせながらサロンの雰囲気に感動している。

「いつもじゃないわよ、時々よ、時々」

そう言いながら、珠代は紅茶を一口飲んだ。紅茶が喉を通ると、アールグレイの芳醇な香りが口いっぱいに広がった。その香りは珠代に様々な記憶を呼び起こさせた。

紅茶サロンの内装は英国調で、高価な家具や調度品が並んでいた。アンティークの食器棚には、貴重なティーカップやソーサーが並び、見る者の目を楽しませてくれる。丈夫で重厚感のあるオークの床、絵画が掛けられた白い壁、庭が眺められる開口部の広い大きな窓。店の中央に鎮座する古時計は、まるでビックベンを思わせるほどに荘厳な佇まいでサロン内の時を刻んでいる。

そんな英国調のインテリアの中でひときわ存在感を放っているのが、籐で作られた椅子とテーブルだった。紅茶を飲むための丸テーブルも、寛ぐための椅子もすべて籐で作られている。上質の籐を使い、職人による確かな手仕事で作られた椅子とテーブルは、重厚な空間の中でも負けない気品が漂う。それどころか、むしろ空間全体を肩ひじ張らないリラックスしたものへ変えるよう、絶妙なバランスをとり、なおかつサロンの空気をオリジナルで唯一無二のものへと押し上げていた。

「それにしても本当に素敵なお店だね、お洒落でセンスが良くて。なかでもこの椅子、籐の椅子がこんなに座り心地が良くて落ち着くなんて、わたし知らなかったわ」

希美は興奮冷めやらぬ様子で、ナチュラルブラウンの上質な籐椅子の手すりを撫でた。

「そうね、このお店ではずっとこの椅子ね、昔から変わらずずっと。この椅子に座っていると、ついつい色んなことを思い出しちゃうわ」

珠代は柔らかい籐椅子に深く身を預け、遠い目をしながらアールグレイをもう一口飲んだ。

「気に入っていただけて光栄です」

サロンの店主がパウンドケーキを持ってきた。店主はすでに七十歳を超えた老人だが、折り目正しい英国の執事といった格好で、髪も薄いながらお洒落なロマンスグレーできちんと整えてある。

「あ、すいません、私お店の中で大きな声出しちゃってたかしら」

希美が恐縮しながら頭を下げ、恥ずかし気に顔を赤らめる。

「いえいえとんでもございません、珠代さんのお孫さんに気に入っていただけて、本当に嬉しいんですよ。この籐の椅子とテーブルも気に入っていただけて嬉しいです。当店では昔からずっとこのkazamaというブランドの籐家具を使わせていただいているんです。」

「kazama、ってことは日本製の家具なんですね、へー、こんな素敵な家具があるなんて知らなかった」

希美は改めて感心しながら、椅子の柔らかく上質な座り心地を確かめる。ビクトリア調のエレガントな曲線が美しい籐椅子は、背もたれも手すりもうっとりするような綺麗なラインを描いている。上質な籐で幾重にも巻かれた椅子のアウトラインは、その確かな存在感と気品を漂わせている。座るときに体が触れる背面と座面は、職人の手によって丁寧に籐が編み込まれている。その柔らかくしなやかな仕上がりは、長時間座っていても飽きのこない、高級感あふれる贅沢な座り心地をもたらしていた。

「珠代さんも、お孫さんにここを気に入っていただけて嬉しいですね」

「ええそうね、ここは私とあの人にとって大切な場所だから、希美に気に入ってもらえて本当に嬉しいわ」

「そ、そう?だったら大丈夫かな。あ、ケーキ食べていい?」

希美がそう言うと、珠代は優しく頷き微笑んだ。希美は嬉々としてパウンドケーキを頬張り、セイロンのミルクティーを飲む。

「そういえばおばあちゃんの家にもこの籐椅子あるよね?」

「ええ、そうね、あの人がここの椅子をとても気に入っていたから、よく使っていたわ」

「珠代さんが清二さんと出会ったのも、この店がきっかけでしたね」

店主が昔を懐かしんで言葉を挟む。

「え?そうなの?おじいちゃんとおばあちゃんの出会いって、絵画教室じゃなかったの?」

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