ここから始める、これから始まる 第1章: 考えの相違

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カヴァース小説部

第1章: 考えの相違

 わたし、長澤ちなつは二人姉妹の上である。ごく普通の中流家庭で育った。

 両親は共働きで、特に貧乏というわけでもないかわりに、とても裕福というわけでもなかった。

 わたしは、ごく当たり前に大学を出て就職した。しばらく実家で暮らしていたが、そのうち、妹のみふゆが付き合っていた人と結婚し、実家で同居したいと言い出したのをきっかけに一人暮らしを始めた。

 普通なら、長女が家にいるものだと昔の人は言うけれど、今じゃケースバイケース、なんでもアリだ。

 みふゆは間もなく妊娠した。一人生まれて喜んでいたら、すぐに二人目ができた。あっという間に、あの子供っぽかった妹が「ママ」になり、仕事人間になっていたわたしは、なんだか追い抜かれたような気がしたものだ。

 みふゆの関係で家を出てアパートで暮らしながら会社勤めを始めたのは、社会人になって二年目くらいだったか。

 つまり、みふゆは結構な若さで結婚したのだ。マイペースなあいつらしいけれど、結果として落ち着いた人生を送ることができているのかなと思う。

 一方、わたしの方は、まだ収入もそんなに多くなかったので、ケチケチとした生活を余儀なくされた。一人暮らしは楽しいものだけど、家計のやりくりはキツかった。車もいろいろとお金がかかるし、水道代にガス代、生きるということは、お金を使うことだなと実感した。

 そういう経緯があるせいだろう。わたしは自他ともに認めるケチである。

 着ているものも、安衣料品店で買ったものか、古着だ。日々の食料は、スーパーの割引シールが貼られている食材ばかり狙う。この倹約精神があるからこそ、それなりに貯金がある。退職して、仮にしばらく仕事がなかったとしても何とか持ちこたえられるだけの蓄えができているのだ。

 では、わたしの相棒の加賀美あきはどんな育ちかというと、これもまた普通の家庭の出だ。

 お父さんは予備校の先生をしていて、お母さんはどこかの事務員をしておられるとか。お兄さんがいて、結婚している。実家にはお兄さん夫婦が両親と同居しているので、あきもまた一人暮らしを余儀なくされた。

 その割に、あきは切り詰めた感じがなかった。

 会社勤めをしている時も何度か思ったが、あきはデザイナーらしく、服やメイクにこだわりがあり、華美ではないがセンスのあるもので身を固めている。かといって無駄遣いをしているわけでもなさそうで、「それいくら。どこのブランド」と聞いても、びっくりするような返事は返ってこなかった。いつも、相応のものを身に着けていて、それがまた、不思議と品よく見せているのだ。

 わたしはそれまで、あきのお洒落感を、女子力だと思ってきた。自分にはないから、ちょっと羨ましいな、程度に。

 だけど、今になって決定的に「そうじゃない。考え方が全然違うんだ」と気づいてしまった。

 わたしたちが気まずくなったきっかけは、事務所に置く家具の選び方で、お互いに違和感を覚えてしまったことだ。

 

 「こんなもんじゃない。これでいいじゃないの」

 わたしが提案したのは、誰でも気軽に行き、さっと買ってくる、大型のホームセンターの家具だった。見た目もそれなりだし、値段もまあ、そんなもんだろうと思われる。

 しかし、あきが推したのは、わたしとは全然違うものだった。

 「なんじゃこりゃあ」

 ソファも、ローテーブルも、キャビンも、わたしが持ってきた、ホームセンターのカタログの家具と、見た目があまり変わらない。

 にも拘わらず、なんなんだ、この値段は!

 「良い品なんだよー」

 と、嬉しそうにあきは言った。

 わたしは呆れてものが言えなかった。

 

 「良いものを買って長く使おうって考え方か」 

 わたしは辛うじて感想を述べた。あきは首をかしげてわたしの様子を眺め「ちなつは、贅沢って思ってるのかなあ」と穏やかに言った。

 そりゃそうだろう。

 同じように使えるんだから、安い方が良いに決まってるんでないかい?

 「この事務所さあ、わたし、夢だったの」

 いきなりあきは、違うことを言った。

 片手にわたしが持ってきたホームセンターのカタログ、もう片方の手に、iPadを持っている。さっきからあきは、そのiPadで、家具ブランドを検索しているのだ。

 カタログすら、そのへんの店で手に入らない高級品を、買い求めようというのか、このお嬢さんは。

 本気か。

 どうも、本気らしい。

 「いやいやいやいや、まて」

 わたしは言った。

 

 「譲れないなあ、だってここで夢をかなえてゆくんだよ」

 あきは微笑んだ。

 困ったことになった。

 しかし、いつまでも家具選びで言い合っているわけにはいかない。納期の迫る仕事がいくつか重なっている。

 時間は刻々と過ぎてゆくのだ。わたしは、この問題をいったん横に置いておくことにした。

 「まあ、考えてみてー。ちなつの考え方も分かるし、そういう質素堅実でしっかりしたところ、めちゃくちゃ尊敬してるしね」

 あきはにこにこと言い、それきり黙ってMacに向かった。なんとなくその後ろ姿を眺めてしまう。家具の選び方の違いを知ったせいか、着ている品の良い服とか、飲みかけのマグカップなど、あきの持物全てが、やたら贅沢に見えた。

 今までこんな辛辣な目であきを見たことがなかった。

 (パートナーとして、やっていけるだろうか)

 わたしは自分の、古着屋で100円で買ったブラウスを眺めた。なんだか、居心地の悪い気分だった。


 (どうれ・・・・・・)

 気分が乗らなかったせいもあり、その晩は比較的早めに仕事を切り上げた。

 アパートに戻り、ノートパソコンを起動した。あきが見ていた家具のサイトは、確か、カヴァースと言った。 

 うろ覚えの名前を検索してみたら、すぐに出てきた。

 (これは・・・・・・)

 色々なメーカーの家具を扱っているようだ。楽天とかamazonみたいなもんだろうか。いやしかし、ここの家具はちょっと違う気がする。

 (老舗ばかり、なのか。いや、海外のブランドもあるが)

 

 改めて見てみると、品質が良く、拘りのあるものが揃っているのが分かる。

 何でもいいから集めた、という感じではない。なにか、コンセプトを感じた。

 その時わたしは、あきの色白な肌や、繊細な横顔を思い出していた。

 丁寧に毎日手入れしているのに違いない髪の毛とか。

 ゆっくりと、確実にデザインのラフを起こし、ひとつひとつ確認しながら仕事を進めてゆく彼女のやり方とか。

 あきらしいセレクトだ、と、心の底で思った。その時、わたしは既に、あきの考えを受け入れかけていたのかもしれない。

 だけどわたしはどうしようもなく意地っ張りで、自分が質素堅実であるというポーズにしがみつきたくて、そっけなくブラウザを閉じたのだった。

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