ここから始める、これから始まる 第2章: 自分に自信が持てるような

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カヴァース小説部

第2章: 自分に自信が持てるような

 事務所を立ち上げたばかりなので、仕事量は、まだ日によってムラがあった。

 その日は暇だったので、あきは私用で半日休んだ。わたしは電話番をしつつ、事務所の中の掃除をしていた。

 

 みふゆからラインが来たのは、お昼過ぎ位だった。

 あまりにも暇なので、仕事のパソコンで洋楽を流していた。みふゆからの知らせは別に意外なことではなかったが「とうとうやったかー」的な感慨が伴う。

 若くして結婚し、子供を立て続けに二人作り、今までずーっと、両親と同居してきた夫婦である。この度、みふゆは三人目を授かったという。三人も子供を遊ばせる場所がない、という理由で、家を建て増しし、この機会に両親が暮らす今までの戸建てと、自分たちが暮らす棟を分けることに決めたそうな。

 「まあ、同居は同居なので、別に寂しくなるわけでもないけれど」

 と、ラインでは、さりげなさを装っている。

 しかし、大きな出来事であるのは確かだった。

 (こっちは独立して事務所を立ち上げ、あっちは三人目ができて、二世代住宅・・・・・・)

 思えば、わたしとみふゆの長澤姉妹は、正反対の性格のくせに、人生のサイクルは似ている。

 少女時代、同時期に失恋したとか。だいたい同じくらいの時に初めての彼氏ができたとかーーつまり、みふゆの方が、姉のわたしより進んでいたわけだけどーー今回も例にもれず、二人して「独立」に踏み出したというわけだ。

 

 「凄いじゃん。なんか欲しいものある」

 と、ラインを返信すると、みふゆはすぐさま、「ありすぎて困る。でもお姉ちゃんの趣味と違うからなあ」と、若干失礼なことを言ってきた。なんだそりゃ。

 みふゆからのラインに寄れば、今回建て増しした自分たちの住居部分は、色々と拘ってデザインしてもらったらしい。天井を高くして広く見せるとか、限られたスペースでも収納がたっぷりあるとか。

 その、拘った空間に置くインテリアも、じっくり考えて良いものを選びたい。

 みふゆはそう言っている。

 「家具屋に行って選ぶの」

 と聞いたら「今時はネットだよ」と返ってきた。へいへい、そうですか。

 「ここで選ぼうと思う」

 と、リンク付きで送ってきたので開いてみたら、見覚えのあるサイトだった。カヴァースの家具サイトだった。

 

 みふゆは天然なので、別に、「ここで買うんだよ」と、マウントするつもりは全くない。ただ純粋に、わたしに見せたかっただけだろう。昔からみふゆは、新しい文房具を買ったり、服を新調した時は、必ずわたしに見せに来た。そして「いいね」とか「かわいいじゃん」という言葉を貰うと、それは嬉しそうに笑うのだ。

 いつだったか、自分が選んだものを良いねと言ってもらえて、その良いものを携えていると、自信がつくのだと、言っていた。

 

 今なら、なんとなくその気持ちが分かるような気がする。

 幸い、あきがいない。

 もし今、あきがいたならば、こんなに素直な気持ちでそのサイトや、そのサイトでこれから家具を決めるんだと喜んでいる妹を見ることができなかったかもしれない。

 

 「ホームセンターじゃなくて、そこで探す理由を教えて」

 と、何となく送ってみた。

 すると、少し間を置いて、「だって、間違いなくここの家具は良いし、その良いものを置いた家の中って、やっぱり良いはずだし。家族は、自分はこんな良いうちにいるんだって思いながら毎日出勤したり、学校に行ったりできる。そして帰る時も、またあの良いうちに帰って休めるんだって思えるでしょう。うちに呼ぶ友達にしたって、その良い空間を共にしたいと思う相手を自然に選ぶでしょう。自分の場所が良い場所だって思えることは、凄い自信につながると思うよ」と、みふゆは返してきた。

 

 良いもののおかげで、自分に自信がつく。

 それは、あきと事務所の家具のことで、少し気まずくなって以来、悶々としていたことが、すっきり片付く言葉だった。

 

 そうなのだ。わたしは心の底では、あきの考えを理解していた。大事な場所であるこの事務所に、良い家具を置きたいという思いに、本当は共感しているのだ。

 けれど、変なプライドが邪魔をして、そこから目を逸らしている。

 分かっている。

 「ほら、お姉ちゃん、コンパの日はベビードールの香水つけていったりしてたじゃん。それと同じ。ベビードールつけてようが、制汗スプレーくさいお姉ちゃんだろうが、中身は同じだけど、やっぱり全然違うのよ」

 みふゆの奴が、余計なことを返してきたので気分が台無しになった。

 大学時代のことを今になって持ち出してくるなんて。というか、あの香水、結局、みふゆが横取りして気が付いたらなくなっていたじゃない。

 その時、「ただいま」と、あきが返ってきたので、スマホを閉じた。

 殺風景のままの事務所で、ろくな台もないけれど、あきはケーキの箱を持って帰ってきた。

 「食べよ」

 と、あきは笑った。

 ふわっとした、柔らかい笑顔。そのケーキは、わたしが好きなお店のものだった。


 「ごめん、今日は一日、出たり入ったりして」

 あきはケーキを食べて、ちょっとMacを触ってから、また外出した。このところ忙しかったし、色々と用事も溜まっていたのだろう。

 まあ良い。こういうことができるのも、自由業の良さなのだから。

 食べた後の皿を洗っていたら、インターホンが鳴った。見ると、行政書士事務所の赤木さんだったので、ちょっとニヤッとしてしまった。

 すごくお世話になっている、赤木さん。

 イケメンで頭脳明晰、おまけに優しいのに、独身なのだ。あきがいないので、眼福独り占めである。はいはいどうぞと二つ返事で招き入れた。

 「こんにちは。これ届けに来たんです」

 赤木さんは封筒に入った書類を手渡してくれる。座ってもらうソファもないので、あきのパソコンデスクから椅子を転がしてきた。そこに座っていただきながら、自分のパソコンデスクで書類の内容を確認した。

 「はいどうも。いつもありがとうございます」

 お辞儀をした。赤木さんはにこにこと微笑んでいる。

 せっかくなので、お茶でも飲んで行って貰うことにした。

 お構いなく、と言いながら、出されたお茶を赤木さんは美味しそうに飲んでくれた。こういうところが良いんだ。

 しかし、こんな時に家具がないと困る。台所用のワゴンをテーブル代わりにして、お茶と簡単なお茶菓子をお出ししているが、これじゃああんまりだ。

 

 本当に、早く家具を揃えないと。

 「そう言えば、加賀美さんおられないんですね」

 と、赤木さんは言った。

 「すいません、加賀美は今、出ておりまして」

 わたしは答えた。

 赤木さんはお茶を飲み干してワゴンに置いてから、にこにこと言った。

 「こないだ、公園で加賀美さんをお見掛けしたんですよ。加賀美さん絵が趣味なんですね。あんまりにも真剣にしておられるから、声をかけそびれました」

 デザインをされる人は、やっぱり違うんだなって思いましたよー。

 赤木さんは今にも立ち上がりそうだった。

 何か。

 何か、言わなくては。わたしは妙に焦った。

 赤木さんと二人きりで話すなんて、今度いつ機会があるか分からない。

 口から飛び出したのは、こんなことだった。

 「事務所、殺風景でしょ。家具を揃えなきゃって思ってて。ホームセンターの家具か、しっかりしたメーカーのか、迷ってるんですよね」

 赤木さんは足を止めた。

 にこにこと振り向きながら、「そりゃ、しっかりしたメーカーの方が良いですよ」と断言した。

 エッ、そんな簡単に断言しちゃうの、と思っていたら、赤木さんは妙にわたしの顔をしげしげ見つめながら、こんなことを言ったのだった。

 「どうせ側におくなら、自分を支えてくれるようなものを選んだ方がいいですよ。それって、ものだけじゃなく、人間も同じだと思いますし」

 ん?

 一瞬、戸惑った。この人は何のことを言っているのだろうと思った。

 赤木さんは「ははっ」と、照れたように笑うと、さっと踵を返した。急いでいるのかもしれない。玄関で靴を履きながら、「ありがとうございました」とお辞儀をするわたしに向かい、実にさりげなく、さらっと言ってのけた。

 「側にいてくれたら、自分に自信が持てるような相手をね、選びたいじゃないですか」

 ハハハ。

 何だ今の高笑いは。

 首を傾げながら事務所に戻った。それにしても「自分に自信を持てるような」か。みふゆにも同じことを言われたぞ?

 自分に自信が持てるような事務所、か。

 

 心の中で繰り返しながら、ソファひとつない事務所を眺めた。

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