ここから始める、これから始まる 第3章: 冒険の旅のアイテム

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カヴァース小説部

第3章: 冒険の旅のアイテム

 このところ、カヴァースのサイトを見るのが日課になっている。

 そして、ホームセンターのカタログも眺める。

 

 確かにわたしは質素堅実に生きてきて、おかげで今の自分があるのだと思う。極力お金を使わない。良いものは世の中にたくさんあるが、別にそういうものでなくても用を成す。

 自分に「良いもの」を与えたことが、あまりないような気がする。

 衣服にしても、食べ物にしても、化粧品にしても、だ。

 いつだって、自分のことは後回しにしてきた。それが美徳だと思い込んできた。

 わたしたちの大事な事務所。夢の拠点。

 あの場所が、どんな風であって欲しいか。

 考えるまでもないことだった。


 あきの趣味はスケッチだ。

 ものすごく緻密に、鉛筆の線の一本一本に意味があって、塗り方も濃いのや薄いのや様々で、本当にじっくりと丁寧に、ものを見る。

 その性格は仕事にも出ている。あきの仕事はいつも、丁寧だ。時間は人一倍かかる。だから、納期ぎりぎりか、ちょっとだけ、遅れることもある。

 わたしは真逆で、猪突猛進に突き進み、凄い勢いで一気に片づけてしまう。ちなみにわたしの趣味はマラソンだ。いつも、地域のマラソン大会には必ず参加する。

 「なんで、あんたら、そんなに仲が良いのさ」

 会社にいたころ、呆れられたものだ。

 仕事の仕方から、性格、喋り方、見た目にいたるまで、わたしたちは全く異なっている。

 歩調が合うはずもないと思われるのに、なぜだかわたしたちは、いつも肩を並べ、なんの無理もなく一緒に歩いていた。

 「ちなつとなら、無敵だと思う」

 「あきとなら、何でもできる」

 ね。

 いつか、一緒に独立しよう。自分たちで仕事を取って、自分たちのやり方で仕事をしよう。そして、その仕事で喜んでもらおう。

 わたしたち二人の、ブランドを作ろう。

 加賀美あき。

 わたしのかけがえのないパートナー。


 その日、あきに「良い家具で揃えようよ、そうしようよ」と言ってみた。

 あきはMacに向かっていたが、いきなり手を止めて、目を真ん丸にしてわたしを見た。あまりにも驚かれたので、わたしも驚いた。お互い、大きな目でまじまじと相手を眺めてしまった。

 「カヴァースだよね、あそこで頼もう。どのメーカーのどの品物にするかは、二人で相談したいけどさ」 

 そう言ったら、あきは目を泳がせた。そんなに動揺することないのに。

 どんな心境の変化よ、と聞かれたので、「まあ、良い物って自分たちに自信をくれるじゃん」と返しておいた。あきは目をぱちぱちさせた。そして、何とハンカチを取り出したのだった。

 「何で泣くのよー」

 わたしは呆れたが、泣いているあきを見ているうちに自分まで泣けてきた。そして、この家具問題がどれほどわたしたち二人にとって大事だったのかを改めて感じた。

 事務所に必要なもの。だけど、二人の考え方が違う。多分、あきは心の中で相当悩んでいたのだ。

 「わたし、どうしてもここが大事で、ここを良い場所にしたくて、本当に」

 と、あきが涙を拭きながら言い、わたしも洟をすすりながら「分かってるよー」と答えた。

 そして二人でハグした。ぽんぽんとお互いの背中を叩きあい、「頑張ろうね」と言い合ったのだった。

 良いものがあれば、そこは良い場所になる。自分の居場所が良い場所ならば、自信がつく。

 良いものや良い人に囲まれたなら、人生はどうなってゆくかな。

 良くならないはずが、ないのだった。


 それは、例えるなら、ロールプレイングゲームにおける、重要なアイテム。

 勇者ははじめ、ごく簡単な武装や武器だけで、旅に臨む。当然、彼は弱くて頼りない。

 そのうち、仲間が集まる。そして、旅の中でたくさんの大事なアイテムを身に着けてゆくのだ。

 強い武具や武器。強力な魔法。

 それらを得るごとに、勇者は強くなる。どんどん戦いに自信が持てるようになる。勝利を重ねてゆく。

 わたしとあきは、革の鎧と銅の剣といった装備で戦いに臨み、事務所を作った。これからは、この装備では戦えない。だから、もっと良いアイテムが必要だった。

 

 壊れかけたカラーボックスの代わりに、上質なキャビンを。

 縫い目がほつれて中身がぼろぼろ零れるビーズクッションではなく、美しいソファを。

 その上質なものたちは、強力なアイテムになる。お守りと言ったほうが良いかもしれない。

 事務所を快適にし、わたしたちに力を着けてくれる、大事な家具たち。

 注文した上質な家具たちが次々に届き、事務所がどんどん良くなってゆく。

 わたしたち自身が、レベルアップしてゆく気がする。

 季節はどんどん勢いづいて、春は次第に夏になる。

 テナントの外には小さな花壇があり、そこには様々な花の芽が、ぐんぐん育っているところだ。

 やがてスズランが花をつけ、マーガレットが咲き乱れる頃、きっとわたしたちの事務所は、軌道に乗り始めるだろう。

 

 いや、軌道に乗せるのだ。

 

 ソファやテレビ台やソファベッドが届く度、わたしとあきは顔を見合わせて頷きあうのだ。

 「わたしたちなら、きっと、できる」

 と。

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