ゆたかな選択 第1章: 簡単ではない道

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カヴァース小説部

【連載】ゆたかな選択 - 人生を共に過ごす家具、カヴァース -

第1章: 簡単ではない道

 桂総司は変わり者だった。

 せっかく進学校に入ったのに、成績や、どの大学に入れば人生がうまくいくとか、興味がないようだった。

 いつも桂は好きな本ばかり読み、ノートに小説ばかり書き込んでいた。その小説を誰かに読んでほしかったみたいだが、クラスメイト達は桂を敬遠していたので、いつも桂はひとりだった。

 俺も、桂の小説は読んだことがない。というより、俺は小説を読むのが好きではないのだ。

 あの当時、俺が読む本は何かの図鑑やら、エッセイやら、漫画本やらで、物語など読んでも、なんら人生の得にはならないと思っていたものだ。

 たまたま桂が俺の席の隣だったこともあり、ぽつぽつと会話を交わすようになった。

 そのうち、俺も桂も犬好きで、犬を飼っていることが分かったので、一気に距離が縮まったのだと思う。

 好きな犬の種類だとか、犬がどんなふうに甘えるだとか、散歩の時に犬にひっぱられて往生したとか、そういう話題で、俺たちは盛り上がった。あいつと喋っても何もいいことないからやめとけと口出しする奴もいたが、「別に大した話じゃねえよ」と適当にあしらっておいた。

 俺は俺で、人から決めつけられたり、指図されたりするのが大嫌いな性分だった。

 思えば、俺と桂は偏屈者同士という意味で、似ていたのかもしれない。

 進路希望の時、

 「大学行かないのかよ」

 と、俺は桂にきいたことがあった。

 桂は頷くと「大学じゃなくて、アルバイトしながら小説塾に行く」と、はっきり言った。ハアー、と俺は呆れ返った。なるほど、クラスの連中が、桂を駄目な奴だと言う理由が分かったと思った。

 まあ、それでも俺は、「何をしようが人の自由」という考えを曲げず、桂とはそれなりに良い関係を保っていた。

 大学に行けば、就職できる。就職できれば、結婚できる。そうしたら家族ができる。

 型にはまることができる。

 桂のことを思い出すとき、いつもこの言葉が浮かぶ。

 「型にはまることができる」。

 俺を含めた当時のクラスメイトたちは、皆、型にはまることが勝ち組だと思っていた。型にはまるために勉強し、大学に行く。それが一番良いことなのだ。

 勉強はしんどい。

 受験はしんどい。

 今にして思えば、なにがしんどいものか、親の金で勉強させてもらっているくせに、と、当時のガキだった俺らに喝を入れたい気分だが、まあ、当時はそういう考えが主流だった。

 しんどい、しんどい、と言いながらも、実は楽だったのだと思う。

 受験勉強をして大学を目指す。そして就職する。既成のレール。そのレールに乗ることは、ある意味楽なのだ。

 楽だし、体裁は整っているし、なにが問題あろうか。

 親だって、もしかしたら「ビッグになって欲しい」とか思っていたかもしれないが、進学校、大学、就職、結婚、というルートを辿ることについて、残念がる理由がない。

 

 桂はその、楽なレールから降りたのだ。

 そして、どんどん、どんどん、違うところに歩いて行ってしまった。

 気が付いたら桂は、ずいぶん遠いところに行ってしまった。

 5年前に連絡を取り合った時点で、桂は児童文学の本を出していて、それだけで食べてはいけないが、なんとか好きなことをしながら生きているといった様子だった。

 だけど、本を出し、それが書店で売られているという事実は、俺をたいそう驚かせた。

 「すげぇな、小説家じゃん」

 と、俺は素直に称賛の言葉を贈った。そして、桂のことを羨ましく思っている自分にうっすら気づいて、衝撃を受けた。

 5年前。

 会社でチーフ職になり、かのこと結婚することになった頃。

 順風漫歩の道を歩みながら、俺は、桂を羨ましく思ったのだった。

 (あいつは、楽じゃない道を選んで、成果をあげはじめている)

 嗚呼。

 俺にも夢があったなんて、誰に言えるだろう。今更。


 ラウンドチェアはとても良いものだった。

 縁側の日の当たるところに置くと、かのこは早速そこに居座るようになった。ラウンドチェアに座るかのこは、二割増し、幸せそうに見える。

 ラウンドチェアを作ったメーカーは、日本でも有名な老舗だった。カヴァースが経由して、この商品を届けてくれたというわけだ。

 

 「びっくりしたよ、ラウンドチェアありがとう」

 と、俺は久々に桂に連絡を入れた。

 「奥さん、妊娠したんだろう。遅くなったけど、お祝いしたくてさ」

 桂から、そう返ってきた。

 どうして桂がかのこの妊娠を知っているのかと思ったが、そう言えば俺らはFacebookで繋がっているのだった。俺の近況を桂は知っている。対して桂はFacebookをろくに使っていないので、桂の日常のことなど、俺には知りようがないのだ。

 メールでは飽き足らなかったので、電話で話をした。

 桂は高校時代と変わらず、ゆったりとして、ちょっと浮世離れしたような喋り方をした。どうしているんだよと俺が言ったら「原稿に追われている。大変だが自分が選んだ道だから」という答えが返ってきた。

 相当売れているのだろうか。

 俺は小説など読まないから分からないけれど。

 桂から、「これが一番売れてるペンネームだよ」と、筆名を教えられ、流石にびっくりした。それは、書店で平積みのところに置いてあるような本の作者の名前だったからだ。

 「うそだろ」

 と、俺は言ったが、桂が「はっはっは」と豪快に笑い、その笑い方で、嘘などではないことを知った。

 俺の中では、高校時代の桂のことがぐるぐると思い出されてならなかった。

 変わり者、あいつと付き合ってもろくなことにはならない、勉強しないで楽な奴だな。

 クラスで浮いた存在だった桂。

 本当にその道を進むのか。せっかく進学校に入り、大学行きの切符をもらえる立場にあるのに、お前はそれを捨てるのか。その、何の保証もされていない道を進むのか。桂よ。

 (いや、俺たちは皆、本当は羨ましかった)

 レールの上を進みながら、俺たちはちらちらと、桂のことを目で追っていた。

 レールからどんどん逸れてゆき、どんどん「生半可じゃない道」に突き進む桂のことを、内心、かっこいいと思っていた。

 既製品じゃない道を行くあいつを、いいなあと思っていた。

 だから余計に、桂を馬鹿者に仕立て上げたかった。

 「すげぇな、桂。俺なんか、雑誌の営業編集だよ。やっと課長だよ」

 おまけに部下には、退職願をつきつけられちまったよーーこれは言わなかったが。

 桂は静かに笑った。そこには満ち足りた空気があった。本当に満ち足りた奴には、イヤミとか、マウントとか、そんなものはないらしい。

 よく同窓会とかで、いわゆる勝ち組になった連中の話を聞くのが苦痛なことがあるが、今、桂と喋っていても、そんな苦痛は感じなかった。

 「営業編集の課長か。かっこいいじゃないか」

 と、桂は言った。

 「おまえらしいじゃないか。昔からおまえは、どんどん突き進んで、がんがん頑張るタイプだったよ。で、やたら正義感が強いのな」

 桂は楽しそうだった。桂は桂で、高校時代の俺のことを、面白いふうに思い出しているのかもしれない。

 

 「会社の中間管理職になって、奥さんがいて、もうじき子供が生まれる。いいじゃないか。俺の方が羨ましいよ」

 桂は言った。その時、桂の言い方には、どこか深く、強い気迫があるように俺には思えた。

 

 「いや、おまえこそ。小説家になるため色々やって、それが叶ってるじゃないか」

 俺は言った。

 

 「滅茶苦茶大変だったぞ。いろいろと犠牲にしてきたし、おかげで俺は未だに独身だ」

 桂はしみじみと言った。

 レールに乗ったような人生の進め方と、レールから離れて大変な思いをしながら自分の夢を突き進むのと、どっちが悪いわけでもない。どっちを選ぶか、というだけ。

 「その、カヴァースってとこの家具な、どれも凄く良い品物ばかりだから。安くて見た目もそれなりの家具なら、今時いくらでもあるだろう。もちろん、そういう家具も悪くない。そういう家具があるから助かる場合も多いだろうしな。けど、俺は、良いと思ったものを取り入れてゆきたい性分で」

 桂は続けた。

 「だから、なかなか金もかかるけれど、こういう豊かさも、良いもんだ」


 みんな同じレールの上。

 勉強、テスト、受験、大学、就職、結婚。

 そのレールだって、誰でも歩めるわけじゃないし、そのレールが楽でたまらないと言うわけでもないが。

 桂の選んだ道は、本当に独自の道だ。

 自分が良いと思うものを極め、突き進んだ結果の、今の桂だ。

 桂は金持ちではないだろうけれど、きっと、豊かなんだろう。

 俺は、どうなんだろうな。

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