ゆたかな選択 終章: 幸せの音色
【連載】ゆたかな選択 - 人生を共に過ごす家具、カヴァース -
- 【第1回】 ゆたかな選択 序章: 旧友からの贈り物
- 【第2回】 ゆたかな選択 第1章: 簡単ではない道
- 【第3回】 ゆたかな選択 第2章: 豊かになる選択
- 【第4回】 ゆたかな選択 第3章: 良き人生に豊かさを添えて
- 【第5回】 ゆたかな選択 終章: 幸せの音色 ←今回はココ
終章: 幸せの音色
「ねえー、ほんとに行っちゃうのぉ」
「戻ってきてもいいんだよ、いつでも待ってるからぁ」
仕事納めの日、小池ゆかを囲む女性社員たちは、いつまでも騒いでいた。輪の中心で花束を抱え、涙ぐみながら、小池ゆかは笑っていた。
もう荷造りは終わっており、新居に運び込むだけになっているという。
明日にはもう、この町を去るのだ。
(行動力は抜群だよな)
編集営業としての彼女の動き方を知っている俺もまた、彼女が辞めることを未だに惜しんでいる。
本当に、もったいない。ここにいれば、まもなくチーフになり、係長になる。彼女ならどんどん出世するだろうに。まあ、俺の地位が危ぶまれるんだけど。
「ありがとうございます。本当に嬉しいです。がんばります」
と、小池ゆかは何度もお辞儀をした。
そして、俺の姿を見ると、ゆっくりと近づいてきて「ありがとうございます」とお辞儀をした。何のことかと思ったら、どうやらカヴァースから荷物が昨日、届いたらしかった。
「新居に送れば良いんだろうけれど、住所知らないから」
俺は言い訳をした。
小池ゆかは嬉しそうに、「課長が選んでくださったって聞きました。ありがとうございました」と言った。
俺が彼女への記念品として選んだのは、ハンギングチェアだった。
自由に飛び回り、全力疾走で駆け抜ける彼女。うちに帰ればひとときの休憩が欲しいだろう。ハンギングチェアに揺られて休めば、きっとリラックスできるに違いない。
なによりお洒落じゃないか?
ハンギングチェア、俺も欲しいくらいだ。
「ねえねえ、言っちゃいなよ最後だもん」
と、女性社員らが小池の背中を押した。小池ゆかは真っ赤になったが、意を決したように俺を見上げ「課長みたいな人と結婚したいなって思ってました。いつか課長っぽい人と出会えればいいなって思ってます」と言った。
いや、それは反則だろう。
俺は返答に困ったが、やっとのことで「ありがとう」とだけ答えておいた。
小池ゆかは赤い顔でにこーっと笑い、逃げるように走って廊下に出て行ってしまった。その後を、わーっと騒ぎながら女性社員たちが追いかけていく。
仕事しろよ、と思いつつ、まあ今日は仕方がないか、と見逃してしまう俺。
こんなに甘いから、なかなか課長の先に進めないのだろうか。
(ああー、俺もハンギングチェアが欲しい)
カヴァースのサイトの商品は、どれも、何というか、夢がある。
その家具を家においた時の風景、そこから始まる人生の物語が、どんどん膨らんでゆくような気がするのだ。
こんな家具を使う人生は、さぞ豊かだろう。
いつか俺は、自分のハンギングチェアをここで買おうと思っている。
その日うちに帰ると、かのこが顔をつやつやさせ、物凄く嬉しそうにしていた。
先月よりはっきり目立ってきたおなかをなで、にこにことしている。
「パパでちゅよー」とか何とか話しかけている。
「ただいま」
俺が言うと、かのこは「あのね、今日、なにがあったと思う」と、いきなり謎をかけてきた。
「胎動があったのよ」
かのこは言った。
おなかの子供が、初めて蹴った。
ここにいる。
確かにここに、新しい命が、俺たちの子供がいるのだ。
あの、ラウンドチェアに座りながら、初めての胎動をかのこは感じた。
ぽこん。
俺はそっとかのこのおなかに触れた。手では分からないので、ひざまずいて耳を当ててみた。
息子か娘か。どちらでも構わない。
(どんな人生を送るんだ、おまえ)
満足な道を選び、豊かな時間を過ごして欲しいと俺は思った。