解けない魔法 序章: レザーソファとエスプレッソ

  • URLをコピーしました!

カヴァース小説部

序章: レザーソファとエスプレッソ

柔らかいレザーにその身を預け、安らぎの感触に心が包まれると、美咲はあの瞬間を思い出し、幸福な気持ちに満たされた。愛する人と結ばれ、解けない魔法にかけられた、あの瞬間を。

「あ、恵梨香もこのソファ買ったんだ。気に入ったのはすぐ私の真似するのね」

「真似したわけじゃないよ、たまたま気に入ったのが、お姉ちゃんと一緒だっただけ」

「ふ~ん、たまたまね、、まあ、そうね、きっとたまたま、っていうことよね」

「そ、たまたま、偶然の一致よ。コーヒー飲む?」

「うん」

美咲は、妹の恵梨香が暮らすマンションを訪ね、久しぶりに姉妹で二人きりの時間を過ごしていた。恵梨香は現在、写真家であるフランス人のノジェクのマンションに暮らしている。部屋のリビングは、決して広くはない手狭な空間だが、それでもリビングの中央に置かれたHTLのソファは堂々たる存在感を放っている。丁寧になめされた本革は、品のある艶を纏い、質の確かさがうかがえる。キャメル色のナチュラルで優しい風合いのレザーは、配色の少ないリビングの中で、心休まる温もりを感じさせた。美咲はそのソファに深く腰掛け、ゆったりとその身を預けた。

「写真、また増えたのね、あれはどこの国?」

額装されたモノクロ写真が、壁に幾つも掛けられている。

「ん?あれはイタリアのジェノバよ、港町の」

「ふ~ん、ジェノバ、、」

「そ、フランスのすぐ隣なの、ジェノベーゼのパスタ、美味しかったよ」

恵梨香は写真家として、ノジェクと一緒に世界中を飛び回っている。腕前はまだまだ半人前だが、師匠であり彼氏でもあるノジェクと旅をする中で、日毎にめざましい成長を遂げていた。

「そんなことよりお姉ちゃん、されたんでしょ?隼人さんから、プロポーズ」

イタリアで買ってきたエスプレッソを淹れた恵梨香が、にやつきながら隣に座る。

「え?う、うん、まあ、ね、、、」

「まあね、じゃないわよ、もう、勝ち組気取りで余裕ぶっちゃって」

恵梨香も柔らかいレザーに深く腰掛け、美咲にエスプレッソを手渡す。

「そ、そんなつもりじゃないわよ、もう」

「まあまあまあ、それでそれで?隼人さんからのプロポーズ、どんなだったの?何て言われたの?」

愛する人と、人生が結ばれる瞬間。その瞬間がどのように訪れたのか、恵梨香は興奮を抑えられず、鼻息を荒げながら姉に詰め寄る。

「いや、なんて言うか、その、、、まあ、、そうね、、、うん」

幸せを含んだため息を漏らしながら、美咲は隼人の言葉を思い出し、胸をドキドキと高鳴らせた。

「一生解けない魔法をかけてもいいですか?、、って」

「んぶっっ」

想定外の甘い台詞に、思わず恵梨香はむせ返り、口に運んだエスプレッソを吹き出しそうになる。

「ごほっ、ごほっ、、ゔん、、ぶふ」

「ちょ、ちょっと恵梨香、大丈夫?」

「大丈夫なわけないでしょ、何よその甘ったるい台詞、プロポーズにそんな、魔法にかけるとか、そんな言葉ある!?」

「い、いやあ、分かんないけど、、でも、そう言われたし、、、」

はにかみながら美咲は言葉を濁して俯く。その横でなんとか息を整えた恵梨香は、身体を折り曲げて体育座りの姿勢でソファに座り直し、全身を艶めくレザーの上に預けた。

「お姉ちゃん、今日はたっぷり時間あるから、この件に関して、一から十まで全部お聞かせ願おうかしら」

身体ごと真っ直ぐに姉を見据える恵梨香。

「もう、、分かったわよ、、しょうがないわね、、それじゃあ、あの日のこと、全部話すわ、、」

美咲も観念したように瞳を伏すと、もう一度幸せなため息をつきながら、ゆっくりとプロポーズを受けた日のことを話し始めた。

この記事のタグ

  • URLをコピーしました!