解けない魔法 第2章: 魔法をかけられて

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カヴァース小説部

第2章: 魔法をかけられて

「えっ、、えっ、、、?」

一切の迷いのない真剣な眼差しで見つめられ、美咲の胸はドキドキと高鳴り、全身が熱くなる。強くなった鼓動に共鳴するかのように、脈が上がり、瞳は大きく見開いていく。目の前は眩い光に包まれ、キラキラとした煌きが辺り一面にフラッシュする。すると次の瞬間、隼人が飾らない愛の言葉をかけてくれた。

「僕と結婚してください」

そう言って隼人は、先ほど抜き取った指輪を、もう一度美咲の左手の薬指にはめた。愛しい人に指輪をはめてもらうと、冗談でも大袈裟でもなく、本当に一生解けない魔法にかけられたような気がした。あまりの出来事に頭の中は真っ白になり、思考は停止して言葉を紡ぐことも出来なかった。

「え、、あ、あの、、、あ、、、」

美咲は何とか返事をしようと試みるが、壊れたスピーカーのように、かすれた音声だけが細切れに漏れる。隼人の気持ちに応えなければと焦るが、焦れば焦るほど感情は空回りし、一度は落ち着いた涙がまたも溢れそうになる。

「あ、あの、は、、隼人、、」

辛うじて愛しい人の名を呼ぶが、それ以上に言葉を紡ぐことは出来なかった。じれったさを覚えた黒革のソファは、美咲をなだめるように柔らかいレザーをしならせる。

「美咲、、」

慈愛に満ちた声で名を呼ぶと、隼人はそっと顔を近付け、恥じらう美咲にキスをした。心のこもったそのキスは、満開の桜の下で、隼人と初めてしたキスを思い出させた。いまこの瞬間、美咲は隼人と人生が結ばれ、解けない魔法にかけられたと実感した。その至福の瞬間は、時が止まった一瞬のようでありながら、時が消えてしまった永遠のようにも感じられた。いつまでもこの瞬間が続くといい。いや、きっといつまでも続くのだろう。たとえここで唇を離したとしても、この胸に芽生えた感情は、一生消えることはないだろう。美咲はそう直感で悟った。

「隼人、、、」

唇を離した美咲が、瞳を潤ませて恋人の名を呼ぶ。

「美咲、、」

頬を染めながら、隼人は返事をするように美咲の名を呼んだ。

「これからもずっと幸せでいようね、隼人、、、」

「うん、、」

二人はそのまましばらく見つめ合うと、言葉を捨て去り、静かにソファのうえで抱きしめ合った。オレンジ色に染まっていた夕暮れの空は、いつの間にか宵闇へと移ろい、遠くの空で一番星が煌めいていた。


「ふ~ん、そうなんだ、、へえ~、、、」

「ちょっと恵梨香、何よその、ふ~ん、とか、へえ~、とかって、、、あなたが聞きたいって言うから全部話してるんじゃないの」

プロポーズ秘話を聞きたいと言うから、包み隠さず全てを話しているというのに、肝心の妹の反応は、明日の天気を聞くより鈍いものだった。

「いや、何か、、普通にいい話だな、と思って、、、」

恵梨香はすっかり冷めたエスプレッソを啜りながら、ぼんやりと姉を見つめる。その視線は、嫉妬や祝福の感情が入り混じった複雑なものではなく、ただ茫然と事実を受け止める抜け殻のような視線だった。美咲は、そんな妹からのぼんやりとした表情を横目に、残ったエスプレッソを飲み干した。

「そう言う恵梨香はどうなの?ノジェクとはうまくいってるの?」

「うん?うん、まあ、一緒に旅しながら写真撮ってるくらいだし、うまくいってるよ」

「それはそうだろうけど、でも、恵梨香もしたいんじゃないの?結婚、、、」

結婚というワードを自分に向けられると、恵梨香はその身を強張らせ、にわかに緊張をあらわにした。

「あ、ごめん恵梨香、なんか私、余計なこと言っちゃった、、、?」

気まずさを感じ取った美咲が、慌てて出しゃばったことを詫びる。しかし、恵梨香に機嫌を損ねた様子はなく、むしろ隼人と同じような、何かしら決意めいた感情が瞳に宿っていた。

「実はね、そのことでお姉ちゃんに相談しようと思ってたんだ」

「相談?」

「うん、相談したいことがあったから、お姉ちゃんがプロポーズ受けた話も聞きたかったの、、、」

「えっと、、、どういうこと、、、?」

美咲が困惑した表情を浮かべると、恵梨香はエスプレッソの入っていたマグカップをテーブルに置き、ソファに深く座り込んだ姉に迫り寄る。

「えっ?な、何?恵梨香、、」

戸惑う美咲は身を怯ませ、マグカップをテーブルに置いた。すると恵梨香は、すかさず美咲の手を握りしめた。

「お姉ちゃん、私、ノジェクにプロポーズしようと思うの」

「えっ?プロポーズを、、恵梨香から!?」

思わぬ言葉に、美咲は大きな声を上げて驚嘆してしまう。

「そう、ノジェクは私のことをとても愛してくれるし、仕事も二人一緒に情熱をもって取り組んでくれる。でも、ノジェクは性格が優し過ぎるせいなのか、結婚に対して今一つ踏み出す勇気が持てないみたいなの、、」

「ああ、うん、、なんか分かるかも、、、ノジェクさん繊細で芸術肌な感じだもんね、、、」

美咲が相槌をうつと、恵梨香が握る手に、より一層の力がこもる。

「うん、だから私のほうから結婚を申し込もうと思ったんだけど、どう切り出したらいいかが分からなかったの、、、」

「確かに、難しい問題よね、、」

「でも、お姉ちゃんと隼人さんの話を聞いたら、何か分かったような気がする」

「え?そうなの?」

「うん、私、分かったよ、お姉ちゃん」

恵梨香の中で迷いが吹っ切れると、晴れやかな表情を浮かべ、無邪気に微笑んだ。その屈託のない笑顔は、子供の頃によく一緒に遊んでいた時のような、明るくて眩しい天使のような微笑みだった。そんな妹の笑顔に見惚れていると、恵梨香は急にソファの上で美咲に抱き付いてきた。

「ちょ、ちょっと恵梨香!?」

「うふふ、昔はよくこうやって遊んだよね」

「そ、そうだけど、何よ急に、、、もう二人ともいい歳した大人なんだから」

「そんなの関係ないよ、うふふ、、ありがとう、お姉ちゃん」

一体何に対するお礼なのかはっきり判別は出来ないが、妹は姉に感謝をしてくれている。美咲には今一つ釈然としない節はあったが、それでも恵梨香が何かを乗り越える手助けを出来たのかと思うと、それだけで素直に喜ばしい気持ちになれた。

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