解けない魔法 第3章: 家族の居場所

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カヴァース小説部

第3章: 家族の居場所

「潤也、そこはラークが寝てる場所なんだから、こっちに座りなさい、ほら」

「はーい」

二歳になる潤也が、ソファの真ん中に座る美咲の元へと駆け寄る。白く大柄なコーナーソファには、美咲と隼人、息子の潤也、そしてボストンテリアのラークが寛いでいる。穏やかな日曜日の午後、隼人はソファの端で背もたれに全体重を預け、うとうとと昼寝をしている。そのすぐ隣では、ラークが柔らかいレザーの上でぐっすりと眠りこけていた。

「ほら、潤也もパパとラークと一緒にお昼寝しましょう」

「うん」

無邪気な笑顔で潤也が頷くと、美咲の膝の上に頭をのせ、白いソファの上でごろりと横になった。

隼人のプロポーズを受けてから三年。二人の間には、一人息子の潤也が生まれた。住まいもマンションから一戸建てに住み替え、一階の広いリビングには大きなコーナーソファも買った。ソファはもちろん、二人とも大好きなHTLのソファだ。住まいが広くなり家族も増えることになり、ソファも新調した。サイズも今までより大きいものを選び、この白い革張りのコーナーソファを選んだ。特に意識はしていなかったが、普段から家族はリビングで過ごすことが多いため、気が付けば家族団らんの場所はこのソファの上が中心になった。

(隼人がいて、潤也がいて、ラークがいる。こうして家族みんなで過ごしていると、何だか時々、夢を見ているみたいに気持ちになる。これもすべて、あの日隼人が私にかけてくれた解けない魔法のせいなんだろうな、きっと)

美咲は、休日の昼寝を満喫する家族を眺めながら、幸せを噛みしめて温かい笑みを浮かべる。

(それに、隼人がかけてくれた魔法は、私だけじゃなくて、思いがけず恵梨香たちにも効果があったんだけど、そんなこと、隼人は夢にも思わないだろうな、うふふ)

三年前に美咲がプロポーズを受けて結婚したのち、恵梨香も同じようにノジェクとの結婚を果たした。美咲の話を聞いた後、恵梨香も決意を固め、ノジェクにプロポーズをしていた。

(それにしても、恵梨香が写真家になって、そのうえフランス人と結婚しただなんて、なんだか今でも信じられない。そっちもまるで夢みたいな感覚だわ。恵梨香とノジェク、今頃は世界のどこで写真を撮っているんだろう、、、)

美咲がそんな風に妹の人生に想いを馳せていると、突然インターホンが室内に鳴り響いた。

「あら、誰かしら?」

美咲はソファから立ち上がり、リビングに設置されているインターホンのモニターを覗き込んだ。

「え!?恵梨香!?」

思わず大きな声をあげると、そこには晴れやかな笑顔を浮かべた、恵梨香とノジェクが映り込んでいた。

「恵梨香!それにノジェクさんまで!」

続けざまに大きな声をあげたので、さすがに隼人も昼寝から目を覚まし、瞼を擦りながら起き上がる。

「え?恵梨香ちゃんとノジェクが来たの?」

「う、うん、そうみたい、もうあの子ったら何の連絡もなく、いきなり来るなんて、無遠慮なんだから、もう」

ぶつぶつと文句を呟きながら、美咲は慌てて玄関に行き、ドアを開ける。

「やっほー、お姉ちゃん久しぶり」

「ボンジュール、美咲」

「あ、ど、どうも、ボンジュール、、って、何なのよ恵梨香!来るなら連絡くらいしなさいよ!」

「えへへ、まあまあ固いこと言わないでよ、あっ、隼人さん、こんにちはー」

「こんにちは、恵梨香ちゃん、ノジェクさん」

静かな日曜の午後が、妹夫婦の来訪により、一転してパーティーのような賑やかな空気を帯びる。恵梨香とノジェクはリビングに通されると、潤也とラークからの熱烈な歓迎で迎えられた。

「あら潤也くん、前に会った時はまだ赤ん坊だったのに、もうこんなに大きくなったの!?ラークも相変わらず元気だねー」

恵梨香が子供の成長の早さに驚いていると、そんなことはお構いなしに潤也とラークは、恵梨香の足元にすり寄ってくる。

「偉いわねー、ちゃんと私が良い人間だって分かるのね、感心感心」

「変なとこ感心してないで、とりあえずまあ座ってよ、あ、ノジェクさんもどうぞ座って」

「メルシー」

白く端正な顔をしたノジェクが、はにかみながら礼を言い、恵梨香とともにコーナーソファに腰かける。二人とも心地よいレザーの感触に身を沈めると、思わず、ふぅ、と安息の声を漏らした。潤也とラークもソファの座面にのぼり、二人の来訪者に寄り添うようにして寛ぐ。

「はは、潤也もラークもそんなにすぐ二人に懐くなんて、なんだかこれじゃあ父親としての僕の立場は無いも同然なのかな」

息子たちの鞍替えの早さに呆れながら、隼人は微笑ましい嘆きをつぶやく。そんな光景を横目にしながら、大急ぎで紅茶を淹れてきた美咲が歩み寄った。

「まあまあそうぼやかないで、はい、紅茶淹れたから、みんなどうぞ」

暖かな陽射しが降り注ぐリビング。二組の家族は紅茶を飲みながら、朗らかな談笑を繰り広げた。最近はどこの国で写真を撮ったか、その国の料理は美味しかったのか。自分の子供がやっぱり一番可愛いのか、寝顔と笑顔はどちらのほうが可愛いのか。そんな取り留めのない歓談で、満ち足りた休日のひと時を過ごす。HTLの白いコーナーソファは、二組の夫婦と子と犬を座面にのせ、大きな背もたれと肘掛けで包み込むように、みんなのことを和ませる。家人に寛いでもらうのが自らの役割であり幸福である。まるでそんなことを自覚しているような、温かな存在。美咲はそんなソファの存在感に気付き、ふと目を細め、手の平でゆっくりとレザーを撫でた。

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