幸せな場所を作ろう 序章: 逃亡
【連載】幸せな場所を作ろう - カヴァースで作る『うち』
- 【第1回】 幸せな場所を作ろう 序章: 逃亡 ←今回はココ
- 【第2回】 幸せな場所を作ろう 第1章: ここに欠けているもの
- 【第3回】 幸せな場所を作ろう 第2章: うちに帰りたい
- 【第4回】 幸せな場所を作ろう 第3章: ここを良い場所に
- 【第5回】 幸せな場所を作ろう 第4章: 温かな場所
- 【第6回】 幸せな場所を作ろう 終章: 『うち』
序章: 逃亡
丹精込めて作り上げられた家具に囲まれたならば、人生はどんなに豊かになるだろう。
大事な場所だからこそ、そこで使う家具は、人生に寄りそってくれるものを選びたい。
わたしたちは四人で一つだ。
四人はそれぞれ違う分野で活動している。
東田ハル。写真家。美しく豊かな一瞬を切り取り、永遠のものにしたいという思い。
南野ナツ。ヒーリングサウンドクリエイター。音には癒しの力がある。その研究を深めたい。
西川アキ。四人の中のただ一人の男子。水彩画を手掛けている。幸せな風景を優しく味わい深い一枚に描き上げたい。
そして、わたし。北山フユ。小説家だ。
まるで違うジャンルで活動するクリエイター達だが、妙に気が合った。
自分たちには活動する場所が必要だ、そこに人を寄せて自分たちの活動を広めたい。それが四人の共通の願いだった。
そこに、田舎村の役場から、小学校が一つ廃校になるが、そこを格安で貸すという知らせが来た。わたしたちにとって渡りに船の話だった。
「やるか」
「やろう」
「そうね」
「やるしかない」
わたしたちは頷きあい、廃校の一部分を借りて、そこに住居を兼ねたアトリエを立ち上げることにした。
名付けて「春夏秋冬クリエイターのアトリエ」。
ここから、わたしたち四人の夢が羽ばたくのだと、みんなは胸を膨らませていた。
春になりたての日、四人は私物を寄せ集め、居心地の良い場所を作ろうと試みた。場所は広く、何でもできそうな気がした。
頑張ろうねと言い合い、始めた活動だった。
季節は勢いを増し、校庭の桜並木はあっという間に散って、青葉の季節となり、やがて蝉が鳴き始めた。はらはらと色づいた葉が落ち始め、向こうに見える山が綺麗に染まり始めた頃、それは起きた。
「アキがいないんだけど」
最初に気づいたのは、ハルだった。
早朝に歩きに出て、あちこちの風景の写真を撮るのが日課のハルだ。誰よりも早く、アキの不在に気づいた。
え、まだ寝てるんじゃないの。
そうだよ、あいつネボスケだしぃ。
わたしたちは半信半疑でアキの私室を覗いた。アウトレットで買ったパイプベッドや、壊れかけた机はいつも通りの彼の部屋だ。描きかけの絵が残されている。そこには、なんだか殺伐とした屋内の風景が淡い色彩で描き出されていた。
「散歩いったとか」
わたしも、まさかアキが出奔するとは信じられなかった。その時、机の上のメモを見つけてナツが声を上げた。
「まじだ。アキ、逃げたんだ」
えっ。
ええっ。
わたしとハルは仰天してナツの側に駆け寄った。
千切れたメモには「ごめん」とだけ殴り書きされている。わたしたちは呆然とした。
「うそだよね」
「どうして」
「何で」
うっと押し殺したような声を上げて、ハルが顔を覆った。
ナツの大きな目は潤んでいた。
わたしは仲間たちの様子を眺めながら、この夢の出発点であるアトリエから逃げたアキの気持ちを、何とか想像しようと試みていた。