幸せな場所を作ろう 序章: 逃亡

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カヴァース小説部

序章: 逃亡

 丹精込めて作り上げられた家具に囲まれたならば、人生はどんなに豊かになるだろう。

 大事な場所だからこそ、そこで使う家具は、人生に寄りそってくれるものを選びたい。


 わたしたちは四人で一つだ。

 四人はそれぞれ違う分野で活動している。

  

 東田ハル。写真家。美しく豊かな一瞬を切り取り、永遠のものにしたいという思い。

 南野ナツ。ヒーリングサウンドクリエイター。音には癒しの力がある。その研究を深めたい。

 西川アキ。四人の中のただ一人の男子。水彩画を手掛けている。幸せな風景を優しく味わい深い一枚に描き上げたい。

 そして、わたし。北山フユ。小説家だ。

 まるで違うジャンルで活動するクリエイター達だが、妙に気が合った。

 自分たちには活動する場所が必要だ、そこに人を寄せて自分たちの活動を広めたい。それが四人の共通の願いだった。

 そこに、田舎村の役場から、小学校が一つ廃校になるが、そこを格安で貸すという知らせが来た。わたしたちにとって渡りに船の話だった。

 「やるか」

 「やろう」

 「そうね」

 「やるしかない」

 わたしたちは頷きあい、廃校の一部分を借りて、そこに住居を兼ねたアトリエを立ち上げることにした。

 名付けて「春夏秋冬クリエイターのアトリエ」。

 ここから、わたしたち四人の夢が羽ばたくのだと、みんなは胸を膨らませていた。

 春になりたての日、四人は私物を寄せ集め、居心地の良い場所を作ろうと試みた。場所は広く、何でもできそうな気がした。

 頑張ろうねと言い合い、始めた活動だった。

 季節は勢いを増し、校庭の桜並木はあっという間に散って、青葉の季節となり、やがて蝉が鳴き始めた。はらはらと色づいた葉が落ち始め、向こうに見える山が綺麗に染まり始めた頃、それは起きた。

 「アキがいないんだけど」

 最初に気づいたのは、ハルだった。

 早朝に歩きに出て、あちこちの風景の写真を撮るのが日課のハルだ。誰よりも早く、アキの不在に気づいた。

 

 え、まだ寝てるんじゃないの。

 そうだよ、あいつネボスケだしぃ。

 わたしたちは半信半疑でアキの私室を覗いた。アウトレットで買ったパイプベッドや、壊れかけた机はいつも通りの彼の部屋だ。描きかけの絵が残されている。そこには、なんだか殺伐とした屋内の風景が淡い色彩で描き出されていた。

 「散歩いったとか」

 わたしも、まさかアキが出奔するとは信じられなかった。その時、机の上のメモを見つけてナツが声を上げた。

 

 「まじだ。アキ、逃げたんだ」

 えっ。

 ええっ。

 わたしとハルは仰天してナツの側に駆け寄った。

 千切れたメモには「ごめん」とだけ殴り書きされている。わたしたちは呆然とした。

 「うそだよね」

 「どうして」

 「何で」

 うっと押し殺したような声を上げて、ハルが顔を覆った。

 ナツの大きな目は潤んでいた。

 わたしは仲間たちの様子を眺めながら、この夢の出発点であるアトリエから逃げたアキの気持ちを、何とか想像しようと試みていた。

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