幸せな場所を作ろう 第3章: ここを良い場所に

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カヴァース小説部

第3章: ここを良い場所に

 「散歩中に色々思いついてさ」

 コーヒーを一口飲んでから、勢いよくハルは喋り出した。

 「コンビニでスイーツ買って帰ってきた」

 言いながら、ばらばらとナツの作業机の上に買ってきた甘いものを広げた。新作スイーツである。わたしとナツは歓声をあげた。もう一杯分ずつコーヒーを淹れてくる必要がありそうだ。

 

 「それから、もう一つ」

 なにか得意げに、ハルは言った。悩み事などなさそうな笑顔だけど、アキがいなくなった時、ひっそりと涙を零していたのを、わたしは知っている。

 「買い物しちゃった。インターネットで。届いたら、設置の協力をお願い」

 買い物。インターネット。設置?

 さっぱり分からなかった。何のことだろうと思った。分かるように言ってよ、と、ナツがドーナツを頬張りながら言った。

 「家具買っちゃったの。最初に届くのはソファ。それからダイニングセット」

 ハルはにこにこして言った。

 「春夏秋冬クリエイターのアトリエの、共通のスペースがあるじゃない。そこで、どのジャンルのクリエイターでも集まって、いろいろ話したり、くつろいだりできるコーナーにしようって言ってたところ」

 

 ああ、あそこか。

 わたしとナツは顔を見合わせた。

 わたしたち四人の活動スペースはそれぞれバラバラだけど、共通のスペースを作りたいねと前から言い合っていた。

 それは、もともとは校長室だったところだ。それなりに広いし、わたしたちの「リビング」にするには一番良い場所のように思われた。ごたごたと置かれている物を整理しさえすれば、どんなふうにでも使える。

 そうか、ついにあの部屋に手を入れるのか。

 しかし、なんでまた急に。

 「どっか、ホームセンターにでも注文したの」

 ナツが呆れたように言った。

 「違うよ。カヴァースってところのサイトで、良い家具をたくさん見つけたんだよ」

 ハルは胸を張った。そして、スマホを出して、そのサイトを見せてくれた。

 これとこれと、あとそれも注文したから。

 簡単に言い放つハルだけど、指さす品々は、結構なお値段のものばかりだ。まあ、確かにすごく素敵だけど。

 「あんた、そんなお金どうしたのよー」

 ナツは高い声を出した。

 「貯金よ貯金」

 ハルは堂々と言った。

 「っていうか、割り勘でお願いしたいわ。みんなのスペースだからね」

 ハア、自分が勝手に頼んどいてそれ何よ。

 だって前からあそこ、何とかしなきゃって言ってたじゃん。

 ナツとハルが言い合いをしている横で、わたしはそのサイトを眺めていた。

 素敵な家具ばかりだった。

 籐で作られた椅子。すごく魅力的な木のテーブル。天使が住んでいそうなベッドや、映画で使われていそうなソファ。

 

 「ねっ、フユ、どう思うっ」

 ナツのかん高い声にハッと我に返った。

 インターネットで販売されている家具たちに魅了されていたのだ。何だろう、なにか良い感じがする。この感じを一言で言うと・・・・・・。

 

 そうか。

 「『うち』だ」

 ぼそっと口からこぼれてしまった。

 はあ、と、ナツは目をひん剥いた。眉を吊り上げ、口を引き結んでいる。せっかく部屋中に響いていたシンギングボウルの癒しの音は消え去っていた。

 一方ハルは、わたしの呟きを聞きつけて、ぱっと顔を輝かせた。一瞬にしてハルはわたしの思考を読み取ったらしい。そうよ、「うち」よ、フユは分かってるじゃない。ハルは興奮したように言い、手を合わせた。

 「ね、フユも気づいていたんじゃない。ここに欠けているものは『うち』の要素なのよ。わたしたちはここで自分たちの人生を切り開こうとしている。ここから夢がスタートするというのに、ここには何もないの」

 あったかいベッド。くつろげるチェア。みんなで語り合うためのソファや、いつまでもそこにいたくなるようなダイニングセット。

 人生を豊かにするために必要なものが、ここには何もない。

 「アキも、そう言っていたもの。ここは寂しすぎるって。ずっといたくなるような、温かくて居心地の良い場所が自分たちには必要だって」

 ハルはそう言った。

 ナツはどんと音を立ててマグカップを机に置くと、大股で部屋を出て行ってしまった。その細い背中を、わたしとハルは黙って見送った。

 

 「しかし、高い買い物だね。ホームセンターの安い奴じゃダメだったの」

 わたしは言ってみた。ハルは肩を竦めると「だって、ここは大事な場所だし、大事な場所には良い物が欲しいじゃない」と言った。それもそうだなと納得した。

 「お金、わたしも出すよ。ナツも分かってくれるって」

 内心、どれくらいの出費かなと震えるような気分だったが、ナツに啖呵を切られた後のハルが妙にしょげていて、可哀そうだったので、思わずそう言った。ありがとうフユ、と、ハルは言うと、唐突に両手を顔に当てて泣き出した。顔を真っ赤にして。

 「アキに会いたいよう」

 と、ハルは子供のように泣きじゃくりながら言った。

 それはもちろん、わたしも同じだ。だけどわたしは、ナツやハルみたいに泣くほどではなかった。どうして二人してアキのことで泣くのだろう、春夏秋冬アトリエで、アキがいなくなったら、別に、春秋冬アトリエ商い中、とか看板を作り変えればいいだけじゃん、と、思い始めていたくらいだ。

 どうも他の二人はわたしのようにドライには出来ていないらしい。

 いや、もしかしたら?

 ナツとハルは、二人して、アキを取り合っているのだろうか。

 今更のように、わたしは気づいた。

 「あんな男、どこがいいのよー」

 とは流石に言えなかったが、とりあえず、泣きじゃくるハルの頭を撫でておいた。

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