幸せな場所を作ろう 終章: 『うち』
【連載】幸せな場所を作ろう - カヴァースで作る『うち』
- 【第1回】 幸せな場所を作ろう 序章: 逃亡
- 【第2回】 幸せな場所を作ろう 第1章: ここに欠けているもの
- 【第3回】 幸せな場所を作ろう 第2章: うちに帰りたい
- 【第4回】 幸せな場所を作ろう 第3章: ここを良い場所に
- 【第5回】 幸せな場所を作ろう 第4章: 温かな場所
- 【第6回】 幸せな場所を作ろう 終章: 『うち』 ←今回はココ
終章: 『うち』
アキが出奔した理由は、予想通り「くつろげる場所」に飢えていたからだった。
彼自身、はっきりとそう自覚していたわけではないようだが、ぽつぽつと語る内容を総合したら、やっぱりそうらしかった。
「良い家具を頼んでよかったでしょー」
ねー、と、みんなに同意を求めるように、ハルが言う。アキの横はハルの指定席だ。それにしても、この二人は仲が良い。いつから付き合っていたのだろうと、わたしは首を傾げた。
あんたが勝手に頼んだせいで、思わぬ出費だったわよ。
ナツが憎まれ口をたたくが、この共通スペースを一番利用しているのはナツだった。ベッドでお昼寝を決め込んでいたり、窓際のロッキングチェアで居眠りしていたりする。
ナツはもう、アキとハルの仲の良さを見ても動揺することはなくなった。でも、気持ちはまだ消えていないようだ。時々、切なそうにアキを見ているから。
アキは今、新しい水彩画を描いている。
この共通スペースを、優しいタッチでふんわりと描いているのだ。そこには素敵なベッド、ダイニングセット、ソファやチェアがあり、オレンジ色のあたたかな空気で満たされていて、見ているだけで幸せな気持ちになるような絵だった。
「タイトルは『うち』にしようと思う」
アキは言う。
うち。
この、アトリエが、アキの、否、わたしたち四人の「うち」。
「いいね」
わたしは言った。
ちょいちょいと、ハルがナツの服を引っ張り、何事かこしょこしょと囁いた。二人がこっそりと廊下に出て行ったので、気になってついていったら、小学生の女子みたいに内緒話をしていた。
廊下の角に隠れて耳を澄ました。
「もしかしたらナツ、アキのこと好き」
ハルが言っている。ナツが何と答えたかは聞こえなかった。続けてハルが言った。
「だったら、ナツ誤解してる。わたしとアキは、実はイトコ同士なんだよー」
まあ、知らなくて当たり前だけどさ。だって、何となく気恥ずかしくて、隠してたから。
ハルはけろっと言い、ちょっと笑った。
昔から仲が良かったイトコ同士だという。アキは子供時代から水彩絵の具が好きで、よく外に出ては風景画を描いていた。ハルも父親のカメラを持って、戸外で写真を撮っていた。自然と一緒に行動することが多かったらしい。
「だから、わたしたちは別に、なんでもないんだよー」
ナツがどんな表情をしているのか、見たい気がした。
そっと廊下の角から顔を出して二人の様子を見ようとしたら、後ろから「しいっ」と引き止められた。アキが指を口に当てて、静かにするよう合図をしている。
アキ。
あんたのせいで、色々大変だったんだよ。そんなに照れくさそうに隠れていないで、ナツに何か言ってやったらどうなの?
わたしがじろっと睨んだのが利いたのかもしれない。
アキはうろたえたように視線を彷徨わせたが、うっすら赤らんだ顔色や、照れた表情が全てを物語っていた。わたしが背中を押すと、アキはゆっくりと歩きだした。
にやにや笑うハル。
両手を口に当て、目を見開いて戸惑うナツ。
幸せな物語が一つ、ここで始まろうとしている。
大事な場所だからこそ、ここには良い家具を置きたい。
大切な人たちと過ごす時間が、どんどん幸せなものになるように。