幸せな場所を作ろう 終章: 『うち』

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カヴァース小説部

終章: 『うち』

 アキが出奔した理由は、予想通り「くつろげる場所」に飢えていたからだった。

 彼自身、はっきりとそう自覚していたわけではないようだが、ぽつぽつと語る内容を総合したら、やっぱりそうらしかった。

 「良い家具を頼んでよかったでしょー」

 ねー、と、みんなに同意を求めるように、ハルが言う。アキの横はハルの指定席だ。それにしても、この二人は仲が良い。いつから付き合っていたのだろうと、わたしは首を傾げた。

 あんたが勝手に頼んだせいで、思わぬ出費だったわよ。

 ナツが憎まれ口をたたくが、この共通スペースを一番利用しているのはナツだった。ベッドでお昼寝を決め込んでいたり、窓際のロッキングチェアで居眠りしていたりする。

 ナツはもう、アキとハルの仲の良さを見ても動揺することはなくなった。でも、気持ちはまだ消えていないようだ。時々、切なそうにアキを見ているから。

 アキは今、新しい水彩画を描いている。

 この共通スペースを、優しいタッチでふんわりと描いているのだ。そこには素敵なベッド、ダイニングセット、ソファやチェアがあり、オレンジ色のあたたかな空気で満たされていて、見ているだけで幸せな気持ちになるような絵だった。

 「タイトルは『うち』にしようと思う」

 アキは言う。

 うち。

 この、アトリエが、アキの、否、わたしたち四人の「うち」。

 「いいね」

 わたしは言った。

 ちょいちょいと、ハルがナツの服を引っ張り、何事かこしょこしょと囁いた。二人がこっそりと廊下に出て行ったので、気になってついていったら、小学生の女子みたいに内緒話をしていた。

 廊下の角に隠れて耳を澄ました。

 「もしかしたらナツ、アキのこと好き」

 ハルが言っている。ナツが何と答えたかは聞こえなかった。続けてハルが言った。

 「だったら、ナツ誤解してる。わたしとアキは、実はイトコ同士なんだよー」

 まあ、知らなくて当たり前だけどさ。だって、何となく気恥ずかしくて、隠してたから。

 ハルはけろっと言い、ちょっと笑った。

 昔から仲が良かったイトコ同士だという。アキは子供時代から水彩絵の具が好きで、よく外に出ては風景画を描いていた。ハルも父親のカメラを持って、戸外で写真を撮っていた。自然と一緒に行動することが多かったらしい。

 

 「だから、わたしたちは別に、なんでもないんだよー」

 

 ナツがどんな表情をしているのか、見たい気がした。

 そっと廊下の角から顔を出して二人の様子を見ようとしたら、後ろから「しいっ」と引き止められた。アキが指を口に当てて、静かにするよう合図をしている。

 アキ。

 あんたのせいで、色々大変だったんだよ。そんなに照れくさそうに隠れていないで、ナツに何か言ってやったらどうなの?

 わたしがじろっと睨んだのが利いたのかもしれない。

 アキはうろたえたように視線を彷徨わせたが、うっすら赤らんだ顔色や、照れた表情が全てを物語っていた。わたしが背中を押すと、アキはゆっくりと歩きだした。

 

 にやにや笑うハル。

 両手を口に当て、目を見開いて戸惑うナツ。

 幸せな物語が一つ、ここで始まろうとしている。


 大事な場所だからこそ、ここには良い家具を置きたい。

 大切な人たちと過ごす時間が、どんどん幸せなものになるように。

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