幸せな場所を作ろう 第4章: 温かな場所

  • URLをコピーしました!

カヴァース小説部

第4章: 温かな場所

 カヴァースから家具が届き始めたのは、それから間もなくだ。

 最初に来たのは、それだけで世界が変わってしまいそうな素敵なソファだった。買い物をしたハルに対して反感を持っていたナツですら、見た瞬間に「すごーい」と歓声を上げたくらいだ。ソファは共通スペースに運び込まれ、どっかり腰を据えた。早速わたしたちは三人で並んで座り、あまりの居心地の良さにしばらく動けなかった。

 「これいいねー」

 「でしょ」

 いつの間にか仲直りしたハルとナツは、間にわたしを挟んで楽しそうに喋りあった。

 

 「こんなに良いソファがあるって、アキに知らせたいね」

 と、ナツがぽろりと言った。切ない感じが少し混じっていた。それに気づいているやらいないやら、ハルが無邪気に「そう。じゃそうしよっか」と言って、スマホを取り出した。わたしもナツも唖然とした。

 「え、何。あんたらメールで連絡取り合ってるの」

 「そうだよ。え、わたしだけぇ」

 青天の霹靂とはこのことだ。アキの奴、出奔しておきながら、ちゃっかりハルとだけは連絡を取っていたと見える。ナツの心境はさぞ複雑だったろう。かちかちとスマホを弄るハルを、ナツは敢えて見ないようにしていた。良いソファ来たから戻っておいでってメールしといたよ、と、あっけらかんとハルは言い、そう、そうかい、と、わたしとナツは気の抜けた声で答えた。

 次にカヴァースから来たのは、素敵なダイニングセットだった。これはスペースの中央に置かれた。居心地の良い世界が部屋の真ん中にある。そこでは誰でも腰掛け、お茶を飲んだり軽食を食べたり、談話したりできるのだ。ナツはそこに、ごく小さなCDプレイヤーを置き、リラックスできるサウンドを流した。ハルは廃校での四人の活動を収めた写真を、可愛い額に入れてテーブルに置いた。

 「ここで四人一緒にご飯食べようってメールしたら、アキ、まんざらでもなさそうだったよ」

 ハルが嬉しそうに報告に来た。ふうんそうか、じゃあアキは戻ってくるのかな、と、わたしは思った。一方、ナツはじとっとした目でハルを眺めていた。

 

 ダイニングセットの次はロッキングチェア。ここに座って考え事をするのにちょうど良い。これは窓辺に置かれる。隣にちょっとしたテーブルを置いて。

 それから仮眠用のベッドも置かれた。仮眠用だよね、と聞き返したくなるほど立派で素晴らしいそのベッドは、外国製のものらしかった。

 「もったいなくない、ここに置くの」

 わたしは言ったが、ちょっと寝ころんだその感触は至福そのものだった。ああ、疲れた人はここで休めばいい、と思ったら、その場でことんと寝てしまった。気が付いたら、ハルとナツの手によって体に布団がかけられており、ベッドの周りには洒落た衝立が置かれていた。

 共通スペースはあっという間に様変わりした。良い家具を置くだけで、これほどまでに雰囲気が変わるのかと思うほどだ。

 ただのがらくた置き場だった校長室は、いつでも帰りたくなる「うち」に変身した。ここは、このアトリエを訪れる人や、わたしたち四人の共通の生活の場である。きっと、いつまでもいたくなる場所になるだろう。

 ハルがスマホで部屋の写真を撮っている。

 わたしやナツがくつろいでいるシーンばかりだ。何をするのかと聞いたら「アキに送る。あいつ、絶対、ここに戻ってくるから」と自信満々に言うのだった。

 「アキ」ではなく「あいつ」という呼び方が、すべてを物語っていた。

 ナツはじっと、スマホを送るハルを見つめていた。

 「そっか」

 ぽつんとナツは呟いた。わたしはナツの肩を叩いた。

 

 「いいよ。また四人一緒に活動できるなら。それに」

 ナツはにっこり笑った。太陽の下で咲き誇る、ひまわりのような笑顔だった。

 「ハルなら、アキを繋ぎとめておけると思うもの」

 ナツはゆっくりと動き、素晴らしいダイニングセットに触れた。彼女がそっと椅子の一つに腰かけた時、なんとなく、そこで四人が揃い、特別に美味しい晩餐を味わっている風景を思い浮かべた。

 春夏秋冬のクリエイター四人が、屈託なく笑いながら、幸せな時間を過ごす。

 そんな未来が、見えた。


 素敵な家具がアトリエにやってきてから、生活は確かに変わったと思う。

 たとえるならば、ふにゃふにゃした体に芯が通ったような感じだ。人生を送る場所に、良い家具がある。そこでくつろぐことができるというのは、自分自身の支えになるものだ。

 

 わたしは夜じゅう起きて、執筆作業を進める。疲れて休みたいとき、あの家具たちが待つ共通スペースに行った。

 ソファに埋もれながら、創作活動に擦り切れそうになった神経を落ち着かせ、温かな飲み物を味わう。廃校の窓は強い風にがたがたと音を立て、カーテンを透かして見える夜中の風景は、どこまでも続く不思議な世界だ。

 だけど、この場所は。

 この、素敵な家具たちに囲まれた場所は、絶対に安全で、常に温もりに満ちているのだ。

 職人たちの思いが込められている上質な家具は、人生の御守になるのかもしれない。

 (多分、ハルやナツも同じように感じている)

 わたしだけではなく、ハルやナツも、ふとした時に共通スペースを訪れ、心や体を休めている。時々、アトリエを訪れる人たちもこの場所で休んでゆく。皆、良い場所ですねと口をそろえて言ってくれる。

 

 (カヴァースで頼んだ家具だとハルは言っていた)

 カヴァース。

 調べてみたら、インターネットですぐに出てきた。そこで扱っている家具は、どれも物語を秘めているように思われた。伝統ある技を駆使し、職人たちが日々精進して作り上げる家具。素材から拘った質の良い品々。そこには、人生を豊かにするための家具がセレクトされ、販売されているようだった。

 それなりのお値段がするけれど、それ以上に品質が良くて、実際に使ってみたら、こんなにも生活が楽しくなる。ソファや、ダイニングセットに触れていると、まるで自分が守られているように思う。人生が、より大事で貴重なもののように感じられてくる。

 カヴァースのサイトを眺めながら、考えた。

 わたしはーー多分、ナツもだろうーー今まで、家具は使えれば良いと思っていた。廃校にあるものを適当に利用するとか、それでも足りないものはホームセンターの安い物を買った。

 見てくれも問題はない。何より、わたしたちはお金持ちではない。自分たちに見合うものを使っていればよいと思っていた。

 けれど、「見合うもの」って何だろう。

 夜じゅう執筆活動にあけくれ、ついに夜明けを迎えた。

 何とか原稿はできかけている。自分のスペースでパソコンに打ち込み、集中力が切れそうになると、共通スペースで少し休む。それの繰り返しの一夜だったが、もう朝だ。

 寒い風が吹き荒れ、冷たい雨も降っていたので、外は凍りそうに寒いだろう。校舎の中にも外の寒さが忍び込んでいた。

 まさか、一晩で原稿が仕上がるとは思わなかった。あの共通スペースで休憩をとることができたから、へこたれずに済んだのかもしれない。熱いコーヒーを淹れ、しらじらと明るくなる空を窓から眺めた。

 コン。

 その時、窓に何かが当たった。

 枯れ枝でも風で飛んできたかと思ったら、また、コンと音がして、人間の手らしきものがぬうと見えた。そこにいるのがアキであることを知り、コーヒーを零しそうになった。

 

 「あけて」

 と、アキは言っている。

 あの、いつもの皮の上着を纏い、寒そうに顔を赤くして、窓を叩いている。

 戻ってきた。

 仲間が、ここに帰ってきたのだ。

 「玄関から入りな。共通スペースに良い家具があるから」

 わたしはそう言うと、廃校の玄関のカギを開けるために部屋から駆け出していた。

 冷え切ったアキを、あの素敵なソファやロッキングチェアで休ませてやり、熱いコーヒーを飲ませてやりたかった。

 ハルもナツも、喜ぶだろうな。

 玄関では既にアキが待っていて、開くのをいまかいまかと待ちわびている。本気で寒いのだろう。

 

 上質な家具は、人生に寄り添ってくれる。そして、使う人間を幸せにしてくれる。幸せは幸せを呼ぶのだろう。

 去っていったアキを呼び戻したのは、家具たちなのかもしれない。そんなふうに、わたしは思った。

この記事のタグ

  • URLをコピーしました!